Case2―Scene6 交流
夏も盛りも過ぎ、あれから令和のスコルピオは渋谷、池袋で犯行を重ねた。五人が死んだ。
荒木は、いずれも間に合わなかった。〝やつ〟は荒木がバイクで来るのを分かっていて、人通りや車通りが多いところを選ぶようになっていた。
いつも良いところまではいっている。ただ、結局現場に着いたときにはもぬけの殻だった。やはり表参道のときみたいに、運が良いときでないとたどり着けない。
何か、突破口が必要だ。今みたいにWi―Fiが拾える一ヶ所で待っているだけでは限界がある。大体、カフェ巡りにも飽きた。
そのあたりの半グレを締め上げて、スマホを奪おうか? だが、何でもスマホ頼みの今の世の中で、スマホを奪うのは思わぬ恨みを生みそうだ。
しかし、救世主は向こうの方からやってきた。
***
新宿にある高層ビル群の一つ。その中の非常階段を、荒木はひたすら昇っていた。
ここでも、荒木は出遅れていた。該当するビルが多過ぎて、即座に選びきれなかったのだ。
結局、死体が倒れている向きと、今までの〝やつ〟の有効射程距離から、少し時間をかけて割り出すことになった。
そのビルの中間にあたる三十階に到達したときのことだった。壁にスマホが一つ、たてかけてあった。
誰かの落としものとも思えないほど不自然に、フロアに続く扉の丁度十センチ左横に置かれていたそのスマホを、荒木は反射的に拾い上げた。これは〝やつ〟のものだな。
電源は入っていた。ロックもかかっていない。しっかりとアンテナも立っている。
これが残されているということは、もう上に行っても〝やつ〟はいないだろう。
これくらいの階段など一切きつくはなかったが、わずかに腹を立てながら、荒木は階段を降りていった。
***
ホテルのベッドに寝転びながら、荒木はスマホをいじっていた。やっと手に入れた、念願のスマホ。
どういう思惑かは知らないが、これはおそらく〝やつ〟からのプレゼントだ。荒木はすでにいらないアプリをアンインストールしてから、海外時代からよく使っているアプリを入れ、自分仕様に仕上げていた。
タブレットで使っていたSNSのアカウントをスマホと同期させていると、電話番号で指定して送れるショートメールが一通、ポップアップで上がってきた。
『あなたは、誰なんですか?』
やっときた。ファーストコンタクト。荒木はニヤニヤしながら画面を開く。
『ヴィジランテ』
〝やっぱりですか〟そういう返事が来ると思っていた。だが、
『ふざけないでください。何なんですか、それ』
という返事が来た。ん?
『みんな大好き、ヴィジランテですよ。世紀の大悪党令和のスコルピオを退治するために奮闘中』
『さっきから何を言っているのかわかりません。あなたが誰だか教えてくださいと言ってるんです』
あれ? この相手は〝やつ〟ではないのかな? 荒木は少し不安になる。
『あなたは令和のスコルピオですよね?』
『は?』
やはり違うのか。だが、普通あんなところにスマホが置いてあるものだろうか。荒木は少し書き方を変えてみた。
『私はこのスマホを拾ったものです。これはあなたが落とされたものですか?』
『いや、そういうわけではないですが、私が渡したかった方とは別の人の手に渡ってしまったようです』
やはり向こうもそう思っているのだ。
『お返しした方が良いですか?』
このスマホを返す気など荒木にはさらさらなかったが、直接会うことができたら、見極めるのに手っ取り早いと思ったのだ。しかし、
『いえ、もう大丈夫です。それは差し上げます』
それだけ書き残され、ぱったりと音沙汰がなくなってしまった。
しまった。もっとうまくコミュニケーションをとればよかった。まあ、いい。このスマホさえあれば、こっちのものだ。
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