Case1―Scene5  苦悩

 車を飛ばしながら、滝野は必死に思考を巡らせようとした。だが、そんなことはしばらくできそうもない。

 これでついに、あの黒ずくめのバイクの男が、自分を狙っていることが確定したのだ。

 この平和な日本社会の中でためらいなく銃撃してくる、得体の知れないあの男のことを滝野は、自分を罰しに来た死神としか思えなかった。

 滝野は運転しながら、何度も後ろを確認した。

 最後に見たあの男はオートバイに乗っていなかったから、ここまで引き離せば大丈夫だとは思う。

 だが、あの死神が本当に人外の存在であったなら、こんな距離は問題にならないだろう。現に、あの男はいつも神がかった早さで、狙撃直後の自分の目の前に現れるではないか。

 滝野はその後、いつもよりはるかに遠回りして家まで帰った。いつも通りライフルを片付けるが、その心持ちは重かった。

 初めての、自分自身の命の危機。あの時の撃ち合いを思い出すと、背筋が凍り、にごったような大粒の汗が噴き出てくる。胸もキリキリ痛みだした。

 ベッドの上に寝転がるが、いつあの男が目の前に現れるかと思うと、心が安まらない。

 今日、あの男はヘルメットこそ被っていなかったが、それでも最後まで顔をちゃんと確認することができなかった。そのことが一層、あの男の不気味さをあおっていた。

 あの男も銃を持っていた。それに、身体能力もとてつもなかった。なにしろあの速さで走った車を避けたのだから。

 今この家にあの男が現れたら、自分は即座に殺されてしまうだろう。

 ライフルを初めて手にしたとき、何の疑問もなく、人を撃っても良いだろうと思った。自分に撃たれた人間は、運が悪かったのだ。

 だから滝野は、撃つ場所も撃つ相手も完全にランダムで選び、私怨で殺すことはしなかった。

 どれだけ腹が立つことがあっても、その相手を探し出して殺すことはしなかった。それではただの俗物的な殺人者となってしまう。滝野にとって、それは越えられない一線だった。

 そして滝野は、自分が死をもたらす場合は、その命を奪う相手に出来る限り苦痛を与えたくはないと思っていた。苦痛は、辛い。

 自分が嫌なことは、人にするべきではない。自分がもたらす死は突然に。気付いたときには死んでいる。人の生殺に関与するうえで、それが最低限の礼儀だろう。

 あのバイクの男は、一体何者なのだ。この活動を始めてから、警察だけを気を付けていれば良いと思っていた。そのため、指紋にも監視カメラにも気を付けていた。決しておごらず、すぐにその場を離れる。殺す以外の、変な欲望をおこさない。

 それなのに、あの男は自分の目の前に現れた。まるで、今まで否定していた神のように。 

 そもそも、滝野は騒音の塊であるバイクというものを嫌悪していた。そういうこともあって、あの男が、自分を罰するために神が寄越した使者に思えてくる。

 そんなの、話が違う。聞いてない、やめてくれよ。そんな相手なら、逃げられないじゃないか。

 これだけの人間を殺したのだ。歴史的な大罪。これから、どんな目に遭うんだろう。滝野は、その晩も全く眠ることができなかった。

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