Case2―Scene5 戦闘
若いOLしかいない表参道のお洒落なオープンカフェで、優雅にアフタヌーンティーを堪能していた荒木はかすかに聞こえる銃声に敏感に反応した。
鋭くその方向を見ると、数キロ先で騒ぎが起きている。
人が倒れている。それに駆け寄る人。こっちに逃げていく人。あっちに逃げていく人。〝やつ〟が出たな。
圧倒的な視力でその光景を見た荒木は、テーブルに万札だけ置き、早々に道端に停めていたバイクに向かった。タブレットの画面を確認するまでもない。
数十秒後には、〝やつ〟がいるであろうビルに横付けしていた。過去最速だ。これならついに、〝やつ〟を殺れる。
今回は経路を考えることもなく、目についたエスカレーターを駆け上がり、上階へ。まだやつは屋上を離れていないはずだ。
***
一分も経たない内に屋上についたが、〝やつ〟はいなかった。狙撃ができる場所に急いで駆け寄っても、痕跡が一切ない。
おかしい。そんなはずはない。このビルはあそこを狙える商業ビルの中でも、一番高い建造物のはずだ。
バイクを飛ばしながら判断したとはいえ、長年鍛えたこの動体視力に間違いがあるはずがない。現に今目に入ってくる景色も、その事実を裏付けていた。
だが、辺りをくまなく見渡していたその時、表参道の大きな通りを挟んだ向こう側のビルの屋上に動く〝何か〟が、かすかに目に入った。しかもそのビルは、このビルからは百メートル以上離れている。
そういうことか!
狙撃場所としての条件に合う中で、対岸では一番高いそのビルのことも、荒木はもちろん視認していた。
しかし、今荒木がいるビルよりは高さが明らかに足りなかった。だがそこまで差があるわけではない。
〝やつ〟は自分が狙われることを分かっていて、狙撃ポイントの特徴をすでに分析されていることが分かっていて、フェイントをかけたのだ。
これだけ鬱蒼とした木々が間に挟まっていると銃で狙うことは難しいし、これだけの距離があれば、こちら側のビルに誘導することができれば自分が安全に逃げる時間を稼げる。
ちょこざいな。荒木は拳銃を抜き、狙いを定めた。だが、葉が邪魔でやはりちらちらとしか見えない。距離と風向きを考えて微調整する。立て続けに2発、発砲した。
ダメだな。外れた。そう確信した答え合わせかのように、向こうからの銃撃があった。
久々の感覚に心が震える。さすがの荒木でも、この距離では拳銃で正確な射撃は不可能だった。
〝やつ〟の銃弾は、荒木から数センチの位置に着弾した。
ほう。さすがに肝を冷やしたが、それでもまだまだ鍛え方が甘いな。狙撃用ライフルであれば、荒木ならこの距離であれば確実に命を奪うことができた。
荒木は威嚇程度に手早く数発撃ったあと、走り出した。せっかくあそこまで実体を捉えることができたのだ。逃がすわけにはいかない。正攻法で階段を駆け下りている場合ではない。
荒木は屋上から屋上に、次々ビルを飛び移った。表参道に大きく映る、黒い影が躍動する。ある程度低い建物まで来ると、青々と茂った横の木々の幹と高さが同じくらいになった。
荒木はそのスピードを保ったまま方向を変え、躊躇することなくビルから木に飛び移った!
腕でしっかりと太い枝をつかみ、そのまま腕力で身体を支える。木が大きくしなった。地上まで二十メートル以上、車が通っていないことを一瞬で確認しながら、荒木は車道にそのまま飛び降りた。
そのまま地面を転がって受け身を取る。荒木はすぐさま起き上がって〝やつ〟がいるビルまで走った。〝やつ〟もすでに屋上から離れているだろう。決戦は駐車場で。
地下駐車場の入口にたどり着くと、ちょうど一台の自動車が入るところだった。その車の鼻先が少し入った瞬間、中から銃声が響く。人の悲鳴も聞こえた。〝やつ〟め、相当ピリついているようだ。
荒木は曲がり角の際、死角となるギリギリのところまで走り寄った。少しだけ顔を傾けて向こうを窺う。派手なターコイズの車の後ろに、黒光りする長い銃先が見えた。少しでも車や人の姿が見えたら、撃つつもりだろう。
荒木は試しに、壁際から一瞬姿を現し、すぐさま一番近くに停めてあった車の後ろまで隠れた。
〝やつ〟は敏感に察知し、それまで荒木がいたところに大きな穴が開いた。〝やつ〟もそこまで無能というわけではなさそうだ。
車の後ろに身を隠しながら、向こうを見ることもなく一発撃った。するとオウム返しのように向こうからも再び銃弾が発射される。
荒木はその銃撃の直後に立ち上がり、連射しながら距離を一気に縮めた。
おそらく〝やつ〟が持っているであろうボルトアクションのライフルでは、ボルトハンドルを一発ごとに引かなければならず、照準も合わせる必要があるので連射には極端に向かない。その隙を突いたのだ。
〝やつ〟がいたターコイズの車の後ろに回り込み、荒木は勢いよく銃を突きつけた。しかし、そこにはもう誰もいなかった。だがそれくらいは、想定の範囲内だ。
荒木は即座に駐車場の通路まで戻った。すると、一台の車が勢いよく荒木に向かって突っ込んだきた。小豆色のセダンだ。
狭い地下駐車場の中では決して出されることのない時速六十キロほどのスピードでも、荒木は難なく横に飛びのいて避けた。
ハイビームにされていたライトに目がくらんだが、それでも急いで振り返り、驚異的な動体視力でそのナンバーを確認した。
しかし照会する術もない荒木には大した意味はない。今回も、まんまと逃げられてしまった。
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