幕間2

 有楽町のガード下にある、とある居酒屋でタッキーと呼ばれている男が店に入ると、例によって客は誰もいなかった。

 無理もない、今は午後三時。様々な事柄において、丁度狭間の時間だ。タッキーは最近、一日の内でこの時間しか行動しなくなっていた。

「おっ、タッキーじゃーん。最近よく来るねえ」

 相変わらずの高いテンションで、店主が話しかけてくる。

「今日はポテトサラダ好きのあのおじさんいないんですね」

 タッキーも、それにつられて声のトーンが上がる。ここに来ると、タッキーは普段よりはるかに活発な、好青年になれている気がした。自分より、人生のはるか先輩たちに囲まれるからだろうか。

「ああ、アラさん? もうすぐ来るんじゃない? 彼もここのところ毎日来てるし」

「僕、食べたことないんですけど、ここのポテトサラダでそんなに美味しいんですか? 食べてみようかな」

「ああ。いや、あれそこの惣菜屋で買ってるやつだよ? それもそんな大したやつじゃないし」

「えっ、そうなんですか?」

「そうそう。彼には言わないでね。ポテトサラダに関しては、彼がここに来だしてから仕入れ量増やしたよね」

「ふーん。じゃあ、アラさんはそれを知らずに食べてるわけですね」

「そうらしいねえ。いやー、それにしても彼も変わってるよね。彼、ちょっと前まではここの近くに住んでたんだけど、今は別の場所に引っ越してもあのポテトサラダ食べるためだけにここに来てるからね」

 そのような会話をしていると、ガラッと表の扉が開かれた。

「あ、噂をすればだ。アラさん、いらっしゃい!」

「何の噂をしていたんだ?」

「キミが変なお客さんだなって話」

「また客の悪口を言いやがって」

 と言いつつも、タッキーと同じようにアラさんもカウンター席に腰を下ろした。店主も、流れるような手つきでその目の前にポテトサラダが入った皿を置く。

「そういや、アラさんって奥さんいないの?」

「奥さん? ああ、ワイフのことか。いたら毎日こんなところこないだろう」

「いやだねぇ。外国人ぶっちゃって。いや、ちょうどお昼ご飯おわってからくるくらいの時間じゃない、毎日。ていうかいないならもっとはやくから来てお昼ご飯食べにきたらいいのに。ここは十一時から開けて、定食もやってるんだから」

「俺は人ゴミが嫌いなんだ。それにここはポテトサラダ以外興味はない」

「なんでそんな極端なんだよキミは」

「でも、そんなに早くからやるのも、それはそれで珍しいですよね」

 タッキーが横から口をはさむ。

「あれだよ、あれ。コロナですっかり苦しくなっちゃってさ。コロナ禍の最後の方からやり出したんだよ。そしたら評判出てきちゃって」

「あ、じゃあマスター、料理もできるんだ」

「おめえもマスターって呼び始めるんじゃねえ。変なとこだけ影響されんな」

 店主がいきなり怖い顔になってタッキーを睨みつける。

「いや、そりゃできるだろ。この店一人でやってるんだから」

 アラさんもタッキーに冷静にツッコむ。

「いや、ポテトサラダみたいに他の料理も……」

 タッキーがそう言いかけると、店主がもっと怖い顔でタッキーを見たのでタッキーは急いで口を閉じた。

「ポテトサラダと同じように?」

 アラさんが怪訝そうに二人を見る。

「い、いや。何でもないよ」

「そうそう、気のせいです。気のせいです。僕の勘違いでした。すみません」

「お前、日本語が成り立ってないぞ」

「まあまあまあ。アラさんもね。そんなに細かい事気にしないで。じゃんじゃん食べてよ、ポテトサラダ」

 そう言って店主はポテトサラダの皿を大量にアラさんの前に置き出した。

「待て待て待て。こっちのペースで食わせろ。一気に出すと皿が温まる。このガラスの皿が良いくらいに冷えてるのが好きなんだから。じゃないとそのへんで売ってるポテトサラダをこんなところまで食いに来ないよ」

 店主とタッキーの動きがピタリと止まった。

「知ってたの?」

 店主が恐る恐るアラさんに訊ねる。

「前にそこの店からマスターが出てくるのが見えた。袋の中にポテトサラダも入ってただろ」

「あの白い袋の中見えたの? すごい視力だね、アラさん」

「俺をあんまりなめるなよ」

「それでもここにポテトサラダ食べに来るなんて、やっぱり君変わってるね」

「だから客に対してその口の利き方はやめろと言ってるだろ」

 その会話を聞きながら、タッキーは改めて、このアラさんという男は何者なんだろうと訝しんだ。

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