Case2―Scene3  調達

 都会と田舎が混ざり合ったような、近くに低い山も見える郊外の町に、いくつものバイクの爆音が響いている。

 その町の、山の手とそれ以外を分ける一本の長い道で、暴走族の一団がいかにうるさい音を出して走れるかに命をかけていた。

 もう一本向こうの国道沿いとは違って、そこには交番もない。狙いすましたかのように、バイクの部品屋がこの前新たにオープンしていた。

 午後十時頃、反対車線にもまたがって今日も沢山の改造車が走っていた。普段はこの時間、他の車は影も形もないので、彼らは自由に走ることができた。

 しかし今日は、その一団のヘッドであった先頭の単車に乗っている田之上東吾が、「うぉっ」という声と共に急ブレーキをかけた。

 後ろを走っていた他のバイクは大慌てでそれを避けたため、あやうく大惨事になりかけたが、なんとか全員急停車した。何が起こったのかと、次々に前方を見る。そこには、白髪の大男が立っていた。

 あまりの異常事態に、暴走族のメンバー達は言葉が出なかった。今や集団の真ん中あたりに後退してしまっている田之上とその男を交互に見た。田之上もしばらく動揺が収まらなかったが、少し経ってようやく口を開いた。しかしその声は震えている。

「てめえ、どういうつもりだ! 死にてぇのか!」

 しかし、その男は近づいてはくるものの、それに答える様子がなかった。停車したいくつものバイクをしげしげと眺めている。

「うん、これは派手すぎだな、改造しすぎだ。こっちはまだマシか。いや、しかしロクなのがない」

 あっけにとられている暴走族の面々がまるで存在していないかのように無視しながら、バイク一台一台に手をかけてブツブツと独り言を呟いている。

「おい、てめぇ! 聞いてんのか! こんな真似してタダで済むと思ってんのか!」

 田之上はその男の肩を勢いよく突いて自分の方に向かせた。しかし、その男は即座にその手の親指を掴み、捻り上げた。

「痛ででででで!」

 ケンカ慣れしている田之上でも滅多に口に出ないような大きさの悲鳴が漏れる。実際に、今までくらったどんな攻撃よりも痛かった。

「おい、俺はバイクが一台欲しいんだ。くれたらお前ら無事に帰してやるよ」

 その男は無茶苦茶な要求を田之上に突き付けた。しかしそれを突っぱねるほどの余裕が、今の田之上にはない。

 周りのメンバー達の中でも血気盛んな者たちが急いで駆けつけてきた。

「ヘッド!」

「東ちゃん大丈夫か!」

 その手には折り畳み式のナイフや金属バットを持っている。しかしその男は田之上の手を捻り上げたまま、腹への蹴り一発で最初に仕掛けてきた一人を沈めた。それを見た他のメンバーは躊躇して、次に繋がらない。

「おい! 舐められんな! こいつを生きて帰すんじゃねえ!」

 田之上は顔を歪めながらも、メンバー達に発破をかけた。その声に呼応して、まだあまり状況が見えていない、さらに遠巻きにいる面々が雄叫びを上げて男に向かっていく。

 それを冷めた目で見ていたその男は、捻り上げた田之上の腕のひじの部分をもう片方の手でつかみ、力を加えて田之上の肩を外した。田之上は悲鳴を上げてその場で崩れ落ちる。

「まあいい。一度分からせた方が良さそうだ」

 その男は殴りかかってきたバットの先を、片手で簡単につかんだ。


      ***


 数分後、派手な服装と髪型をしたガラの悪い男たちが、喚き声を上げながらそこら中に転がっていた。

 その男はお気に入りの一台を見つけたようだ。

「ほお、こんな代物がまさかこんなところにあるとは。これなら用に足る」

 それはこの一団の中でも、バイクに強いこだわりを持つとある幹部の単車で、黒のハヤブサだった。

「お前ら、警察には言うなよ。お前らもすねに傷がいくらでもあるだろうからないとは思うが、もし被害届でも出して俺に捜査の手が伸びてきたら、地の果てまででもお前らを殺しにいってやる」

 その声に含まれる本当の殺気を感じ取ったからか、田之上をはじめ、転がっている男たちは震え上がった。そしてそんな彼らを尻目に、その男は奪ったバイクにまたがり、颯爽と走り去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る