Case2―Scene2 標的
荒木が「ヴィジランテ」として活動を始めてから約二週間、ネット上に新たな異名をちらほら目にするようになった。〝令和のスコルピオ〟だ。
ここ最近、日本ではヴィジランテが起こす銃撃事件の他に、狙撃による無差別殺人事件が起こるようになった。
ビルの屋上など高い場所から、地上にいる人々を殺すのだ。誰が撃たれるかわからない。ある事件では、一人撃たれた直後に周辺の人も撃たれるということもあった。
海外でもそうそう起こることのないこのような事件に、海外メディアはかの有名な映画「ダーティハリー」に登場する無差別殺人鬼である〝スコルピオ〟が現代の日本に降臨したと大々的に報じた。
そして日本では〝令和のスコルピオ〟という、日本特有の元号を頭につけた、どこのコピーライターが考えたかわからないようなハイブリッドな名前でネット民の間で定着することとなった。
悪人しか殺さない「ヴィジランテ」とは違って、誰彼かまわず殺すこの殺人鬼の方がはるかに人々を恐怖に陥れ、ネット民の怒りも〝令和のスコルピオ〟に集中していた。
荒木も、〝令和のスコルピオ〟を苦々しい思いで見つめていた一人だった。元々、荒木は昔から狙撃手という存在が好きではなかった。自分自身の命を危険にさらすことなく、一発一発、確実に敵の命を奪っていく。
いくら身体を鍛えていても、いくら殺人のための技術を身に付けても、あれに狙われては、全てが無意味だ。まあ、とはいうものの、今まで彼らに助けられたことも数えきれないほどあったのだが。
ネットの声には、次のようなものが多かった。ヴィジランテよ、令和のスコルピオを殺してくれ。この恐怖の渦から、私達を救ってくれと。
ふむ。そのようなニーズがあるなら、自分が動くというのもやぶさかではない。第一、〝令和のスコルピオ〟という自分も好きな映画にまつわる異名を持っていることも、荒木は気に食わなかった。
そしてテレビとネットでよくよくニュースを拾っていくと、この〝令和のスコルピオ〟という輩がなかなか厄介なやつだということが分かってきた。
被害者に共通点は一切なく、完全に無差別。これでは本当にただの天災である。
よし、次の標的はこいつだ。こんなはた迷惑な奴は、死んだ方が良い。
***
荒木は、これまでの被害現場を巡ってみることにした。この一ヶ月で今まで殺されたのは七人、現場は三か所。最初は一人だけが殺されたが、あとの二か所では三人ずつが殺されている。
最初の現場は池袋のとあるパーキングエリアだった。二件目はお台場のタワーマンションのゴミ捨て場付近、三件目に至っては東京駅八重洲側すぐにある有名な百貨店の、入口前のど真ん中だった。
荒木は実際に、最初の被害者の男が撃たれたであろうちょうどその場所に立ってみた。
ひっそりとしたこの駐車場とは裏腹に、すぐ近くの繁華街では、すでにそんな事件などなかったかのような喧騒が戻っている。
テレビや新聞から知ることができる警察の公式の情報では、被害者がどちらから撃たれたかなどは発表されていなかった。だが、今の便利な世の中では、SNSから当時の直接の目撃情報をいくらでも拾うことができた。
さらに銃声が響いた直後以降の現場の様子なら、動画でもいくらでもアップされている。
荒木は被害者が倒れている方向の映像、そして撃たれた瞬間の目撃情報から、〝やつ〟がどの方向から被害者を撃ったか特定した。
そちらの方向を見る。そして今いるこの場所が完全に見通せる背の高い建物を全てピックアップした。報道を見る限り、一人目の被害者は撃たれても即死しなかったようだ。
そんなザマじゃ、令和のスコルピオは絶対にプロではない。どのライフルを使ったのかまでは分からないが、撃った場所も、ここからそれほど遠くはないはずだ。三百メートルも離れていないだろう。
今までの事件の発生場所は完全にバラバラだったから、ビル内のテナントの関係者がどこかの窓から撃ったというわけではおそらくないと思われる。
人が多すぎず少なすぎず、なおかつ、見知らぬ人間が出入りしても不自然でない場所。
つまり有名なショッピング施設ではない。基本的にはオフィスビルだが、地上近くのフロアにはいくつか普通の店のテナントが入っている、周囲から見下ろされないほどの高さはあるが、流行ってはいない商業ビルが狙撃場所だ。
***
荒木は該当するビルの一つに入った。もちろん監視カメラを避けながらだが、予想通り簡単に最上階まで非常階段で上がることが出来た。令和のスコルピオは清掃員にでも化けて潜り込んだのだろう。
最上階まで上がった後、廊下に貼ってある案内図で屋上まで行ける階段を確認する。資材が雑多に置かれていたその先の扉にはダイヤル式の南京錠がついていたが、荒木にとってはそんなものは眼中になかった。容赦なく破壊する。
階段を昇っている途中から、やはり狙撃場所はここだという推測が確信に変わっていった。
その通路にほとんどほこりが積もっていなかった。扉の外の様子を見ていても、日常的にここを人が通るとは思えない。
実際に屋上に出ると、荒木は簡単にそれが事実であることを確認できた。辺りを注意して見ると、指紋採取のアルミパウダーの痕跡がわずかに残っている。
だが、警察の手が徹底的に入ったせいか、狙撃の痕跡は見事なまでに残っていなかった。
荒木は屋上から被害現場を眺めた。やはり〝やつ〟は素人だ。この距離なら、狙撃のプロではない自分でも確実に仕留められる。まったく、見境のないアマチュアほど厄介なものはない。
荒木はそのまま地下駐車場まで下りた。ものによっては細かく分解できないものもある狙撃用ライフルを、公共交通機関で持ち運ぶことは想像しにくい。おそらく〝やつ〟はここまで車で来たのだろう。周りを見回して、監視カメラの死角となっている場所を探す。
数か所あるうちの一つが、ビル内部との出入り口の近くにあった。ここだと、そこまで目立つことはないだろう。よし、これで大体の〝やつ〟の動きは把握できた。
あとの二ヶ所は被害現場と、同じような条件のビルが近くに立っているかを確認するだけに済ませた。あまり深入りしすぎると、いつ警察に怪しまれるかわからない。
令和のスコルピオの犯行は、時間・場所が完全にランダムだと言われている。まあ〝やつ〟も、今回調べたような狙撃場所に適した建造物があるところを狙っているのだろうが、東京だけでも該当するところは星の数ほどあるだろう。
大体、荒木にはまだ東京の土地勘はほとんどなかった。なので、警察のような科学捜査も出来ない今、これ以上手の打ちようがない。次の犯行を待つしかなかった。
荒木は今暮らしているホテルに帰って、今までの事件が起きた時にほぼリアルタイムの情報を拡散しているアカウントを大量にフォローした。全てに通知設定をする。次の事件が起きた時には、即座に行動を起こさなければならない。
あとは、足だ。それこそ今の荒木には、移動手段が公共交通機関しかない。荒木はSNSに新たな検索語句を打ち込んだ。マップアプリも起動する。目的地を定めた荒木は、すぐにホテルの部屋を出た。
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