Case2―Scene1  狩りを目的とする者

 今まで直接の証拠がなく、警察も手が出せなかった裏社会の大物、東城泰鷹が死体となって発見されたことは、朝刊には間に合っていなかったが、テレビのニュースでは速報として大々的に報じられていた。

 そして東城を殺した当の本人である荒木も、安っぽいビジネスホテルの一室でそのニュースを何の感情もなく見つめていた。

 荒木は若いころから海外に渡り、傭兵として各地を転々としていた。

 だが、その活動の中で、この世には生きているだけで人に害をもたらすような、〝はた迷惑〟な人間が本当に存在しているのだということを知った。

 荒木自身もちろんそのような人間に雇われることも多かったわけだが、一度、敵対する地域に生物兵器をばらまこうとする雇い主を撃ち殺したら、傭兵の世界からも追われてしまった。

 何人もの人間が荒木の命を狙ったが、幼いころから父親に日本の古武道を叩きこまれ、さらに各国の格闘技と銃火器の扱いを身に付けていた荒木を殺すことはできず、わずらわしくなった荒木は古巣である日本に戻って来たのだ。

 戻って来たは良いものの、荒木には帰る場所がなかった。

 傭兵になったのは、両親が死に、自分を留めておくものが無くなったからだったし、日本に他に親類や友人はいなかった。

 それでも、貨物タンカーの中に潜り込んででも、荒木はなぜか日本に戻りたかった。その理由は荒木自身にも分からない。ノスタルジーかもしれないし、自分の心の奥のどこかが、平和を求めたのかもしれない。

 このような状態の人間が今の日本でできることは少ない。やりようはあるのかもしれないが、深く考えるのが面倒くさい。そのため荒木は帰国後、偽の個人情報を使ってホテルを転々としていた。

 帰国前最後に訪れたロシアで地元のマフィアを一つ壊滅させ、金品をあらかた奪っていたので金にはそこまで不自由していなかった。このまま節約をすれば、あと数十年は十分暮らしていけるだろう。


      ***


 荒木が東城のことを知ったのは、彼とその組織を取り上げたルポを読んだことがきっかけだった。

 東城自身に恨みがあったわけではない。そもそもついこの前までずっと海外にいたので存在すら知らなかった。

 だがそのルポを読んでいくうちに、このような社会のゴミは排除した方がこの世のためだと思ったのだ。

 テレビのニュースで満足できなかった荒木は、タブレットの画面を点けた。データ通信ができるスマホにしろモバイルWi―Fiにしろ、今の自分のような人間がネット回線を手にいれる伝手を、荒木は持っていなかった。だが、最近のホテルはどこもWi―Fi環境が充実しているので、SIMの入っていないタブレットで十分だった。

 日本に帰ってから手に入れたタブレットは安い中国製で、一万円ほどで買うことができた。画質は悪かったが、最新より一つ前のOSが入っていて、やはり荒木にとってはこれで十分ことは足りていた。

 荒木はSNSを開いた。検索窓に、「ヴィジランテ」と打ち込む。そして検索項目を「最新」に。そこにはテレビのニュースでは一切取り上げられていない話題で持ちきりだった。

 

『やっぱり、今回もヴィジランテが殺したのかな?』

『はいはい。どうせ今回もでしょ。ビジランテ乙』

『こんなんまんま映画じゃん』

『マジ無法地帯で草』

『いやー、これはダメでしょ。さすがに』

『これは法治国家ニッポンへの完全な侮辱である!』

etcetc……


 荒木はそのあとブラウザを開き、まとめサイトへと移った。そこにも同様のコメントが数多く書き込まれている。そこには、もっとヴィジランテを褒めたたえるものもあれば、もっと辛辣になじっているものもあった。

 それらの書き込みを見て、それまで無表情だった荒木の顔に、わずかに笑みが浮かんだ。

 ネット上で「ヴィジランテ」が話題になり始めたのは、荒木が帰国して約一週間後のことだった。


      ***


 帰国して数日後の、ある日のコンビニ帰り、夜中に歩いていた荒木はその脅威の視力で、植物が生い茂る土手の茂みの中で女性がレイプされていることに気付いた。

 普段から監視カメラに気を配り、周囲に人がいないことも把握していた荒木は、その覆いかぶさっている男を何の迷いもなく撃ち殺したが、どうもその男が有名な暴走族の総長だったらしい。

 日本では滅多にない射殺事件であるうえ、被害者の死体の中から摘出された弾丸も、近くから発見された薬莢も、日本の反社会勢力があまり使うことのないようなマグナム弾であったことから、様々な噂がネット上に飛び交った。

 海外の大手犯罪組織が新たに日本進出を果たしただの、国が密かに悪人を独自に処刑する特殊部隊を作っただのと無責任なデマが流行したが、時間が経つうちにある一つの噂が有力になっていった。

 殺されたのが有名な悪人であり、実際にその女性は未遂のまま救われたことから、その男を殺したのは法で裁けぬ悪人を粛清する正義の味方。アメコミやハリウッド映画でよく使われるモチーフであるヴィジランテ(自警団員)ではないかとまことしやかに囁かれるようになったのである。

 この噂は、テレビでは決して報じられることはなかった。いくつかのスポーツ新聞やネットニュース媒体がようやく取り上げるくらいだ。

 しかしSNSを介して、それを駆使する若い世代と、昔から映画などでヴィジランテ文化に馴染みのある中年男性の間で、「ヴィジランテ」は徐々にバズっていった。

 荒木は今まで、自分の活動の見返りは金だけだった。傭兵として有名にはなっていたが、だからといって表舞台に立つ職業ではない。荒木のことを知っているのは限られた人間だけだった。

 なので、暇つぶしのネットサーフィン中に、「ヴィジランテ」についてのネットニュースを見た時、最初は大いに困惑した。ここまで根拠が全くない情報に、多くの人間が心躍らされていることにも驚いたし、何よりここまで騒ぎになるとは思わなかったのだ。

 何はともあれ、自分のやっていることに。賛否はあれど大きな反響があるという初めての体験に対して、荒木は大いに快感を覚えた。

 これからのセカンドライフの生き方として、世間からのニーズに応えるのも良いかもしれないな。そう思った荒木は、黒い革ジャンに真っ黒のサングラス、黒みがかったジーパンと、「ヴィジランテ」のコスチュームとなるものを買いそろえた。

 自分の原点、「刑事ニコ」のセガール、そしてあの当時最大のヒット作、ターミネーター2を頭に思い浮かべた。

 そうして準備を整えた荒木は、日本にいる悪人達について、情報を集め始めたのだった。


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