Case2―Scene0 ある犯罪者の場合
埠頭にある倉庫街を、東城泰鷹は逃げていた。今まで散々後ろ暗いことはやってきたが、自分自身にここまでの危機が迫っているのは初めてだった。
つい数時間前まで雨が降っており、ぬかるむ地面を高い革靴で踏みしめる。同じく革のトレンチコートにも汚れが目立っていた。
「社長、こっちです!」
運転手兼ボディガードにしている右腕の平尾が、辺りを窺いながら先導する。
だが、その先に何があるのだろう。乗って逃げられる船があるわけでもない。そしてその平尾も、くぐもった銃声の後で、次の瞬間還らぬ人となった。
コツコツと音がし、歩いてくる人影が見える。
辺りはすっかり暗いのでしばらくはシルエットしか分からなかったが、一筋の光がその男を照らした時、ようやくその顔を見ることができた。
後ろになでつけられた髪はすっかり灰色がかり、顔には無数の傷がついていた。黒い革ジャンを着たその身体は筋骨隆々で、首筋など、わずかに見える部分も傷だらけだった。
東城は手に持った拳銃を、その男に向けることはしなかった。
「俺を撃たないのか」
その男が、口を開く。その声はひどくしゃがれていた。
「あなたが私を殺そうと思うのなら殺すんでしょう。あなたの評判を聞く限り、私に生きる道はなさそうだ」
その男の腰のホルスターに刺さっている大きな拳銃はおそらく、マグナム弾が撃てる最強の自動拳銃デザートイーグルだ。東城が持つ、闇ルートで簡単に手に入る安いトカレフでは勝負にもならないだろう。
「詐欺、マルチ。シン・アライアンス株式会社の東城で間違いないな?」
その男は表情を変えることなく、死刑宣告をするかのように東城に訊ねた。
「私が社長になってからは、そっちの方面からは足を洗っていたんですがねぇ」
「社長になる前から、その事業を取り仕切っていたのはお前だろう。相当うまくやったようだな。結局法の裁きを受けないまま、お前は今や大金持ちだ」
「じゃあ、あなたも見過ごしてくれませんか」
そうは言うものの、東城はすでに自分の生存を諦めていた。
「いや、ダメだ。お前のようなはた迷惑な人間は、死んだ方が良い」
それを聞いた東城は、形ながらもようやくその男に銃を向け、引き鉄を引こうとした。
だがその男は、それまで拳銃を抜いてすらいなかったにも関わらず、東城が腕をあげきる前にその頭を撃ち抜いていた。
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