09 転職の面接

 いきなりの転職宣言に、アソビッチだけでなく、仲間の少女たちも騒然となった。


「ヴァールハイドさん、いきなりなにを言ってるの!?」


「そうよ、今日あったばかりでいきなり転職させるなんて!」


「何様のおつもりですの!? 横暴にもほどがありますわ!」


 少女たちにわあわあと詰め寄られても、ヴァールハイドは一顧だにしない。

 ずっとアソビッチだけを見つめていた。


「……お前、魔法使いになりたいんだろ?」


「えっ!? なんだかよくわかんないけど……っていうか、なんで知ってるし!? たしかに、子供の頃は夢見てたけど……!」


「初めて見たときにわかったぜ。顔は派手なメイクしてるクセに、服は真っ黒だ。それでも確信したのは火蛍の杖を渡したときかな。お前、嬉しそうにしてたし、な」


 少女たちを押しのけ、ヴァールハイドはアソビッチの肩を掴んだ。


「なれ、魔法使いに。お前ならなれる」


 アソビッチは、美少女コンテストでグランプリのスポットライトを浴びた瞬間のように、アイシャドウに彩られた瞳を見開いた。


「む……無理無理無理! なんだかよくわかんないけど、ぜってー無理だし! だってあーし、超バカだし!」


「無理じゃねぇって、魔法使いは学力がすべてなんて言われてるが、それと同じくらいに精神力、つまりやる気が大事なんだ」


「で、でも、そんなこと急に言われても……!」


「ガキの頃から夢見てたんなら遅いくらいだよ。ってかお前、魔法をとんでもなく難しいと思ってるようだな。魔法使いがこの世界に何人いるか知ってるか?」


「な……なんだかよくわかんないけど……千人くらい……?」


「ユニコーンかよ。そこまで少なくはねぇよ、350万人だ」


「さっ、さんびゃくごじゅうまんっ!?」


「もちろんピンキリはあるし、国によって片寄りもある。でもそれだけのヤツが魔法使いになれてるのに、お前がなれないわけがないと思わねぇか?」


「……なんだかよくわかんないけど……そう言われてみると……」


 しかし、まだ戸惑っている様子のアソビッチ。

 ヴァールハイドはその頭をぽんぽん叩く。


「夢ってのはな、みんなで見るもんなんだ。まわりを巻き込んで、みんなでいっしょに見るもんだ」


 ハッと顔をあげるアソビッチ。その視線の先には、やさしい微笑みがあった。


「だから俺にも見せてくれよ、お前の夢を。そしたら、俺にもしてやれることがあるかもしれないから、な」


 いっぱいに見開いた瞳に映るヴァールハイド。少女は夢見るように、大きく頷いた。


「うっ……うん! あ……あーし、やるし! 魔法使いになれるか、やってみるし!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 転職は、手順自体はそれほど難しくない。

 必要書類を記入して窓口に提出、紹介状があればいっしょに提出して、あとは待合室で待つ。

 しばらくすると名前を呼ばれ、別室に案内される。


 そこで『転職神官』と呼ばれる神官たちの面接を受け、合格をもらえれば晴れて転職となる。

 適性試験などは無いので、転職可否の判断はすべて神官の判断にかかっているといえよう。


 ちなみにではあるが、他職から遊び人に転職する場合はこれらの手続きは必要ない。

 また逆に、一般職に就いたあとの転職、たとえばパン屋などから冒険者に転職する場合は、この転職の神殿で手続きをする必要がある。


 名前を呼ばれたアソビッチは、ヴァールハイドと仲間たちに見送れ、意気込んで面接室へと入っていく。

 面接室には玉座のような立派な椅子に、挟まるように座るふとっちょの中年神官がひとりいて、そのかたわらには枝のように細い助手が立っていた。

 部屋の手前には、背もたれもない質素な木の椅子が置かれている。

 神官は脂ぎった顔で「チッ、また紹介状なしかよ……」と舌打ちしていたが、アソビッチの顔を見るなり舌なめずりをしていた。


「座って」


「う……うん!」


「はぁ? 『うん』じゃなくて、『はい』でしょーが!」


 いきなり怒鳴りつけられ、アソビッチは肩をビクッとすくめた。


「あ……は……はいっ!」


「ったく……クソ女が……。ほら、さっさと座って! こっちはヒマじゃないんだからさぁ!」


「え? い、いま、クソ女って……!」


「はぁ、それがどうしたの? クソ女をクソ女って言ってなにが悪いの? 事実を言われて、口ごたえするなんて……転職したくないの?」


「あっ!? い、いえ! なんだかよくわかんないけど、ごめんなさい!」


 かしこまって座るアソビッチ。

 彼女が提出した書類を、神官はつまらなそうに一瞥した。


「へぇ、現役の学生さんなんだ。きったねぇ字だから、幼稚園中退だと思ったのに」


 直後、神官は書類をくしゃくしゃに丸めてアソビッチに投げつける。


「ってか、なにしにここに来たの? 読めないから教えてくれる?」


「あ、あの……遊び人から、魔法使いに転職したくって……」


「え? なに? もういっかい言ってみて?」


 わざとらしく耳に手を当てる神官。


「あ……遊び人から、魔法使いに転職したいんです!」


「あ、聞き間違いじゃなかったんだ! キミ、かしこさゼロでしょ?」


 神官たちは揃って嘲笑する。

 そのあまりに無礼な態度に、アソビッチはガマンできなくて言い返してしまった。


「ぜ、ゼロじゃねーし!」


「ほら、また口ごたえした! やっぱりかしこさゼロでしょーが!」


 神官は激昂し、顔をさらにテカらせ立ち上がる。

 雷に打たれたように縮こまるアソビッチに近づいていった。


「お前みたいな頭からっぽのクソ女は、魔法使いの適性ゼロでぇ~っす。お帰りくださ~いっ。残念でしたぁ、ベロベロバァ~~~っ!」

 

 アソビッチは訴えるような瞳で、変顔の神官を見上げる。


「そ、そんな……! なんだかよくわかんないけど、ヴァールハイドさんはなれるって言ってくれたし!」


「はぁ? 誰ソイツ? 転職を決めるのは、誰だかわかってる? 神官、つまり転職の神様であるこの私だよ?」


 神官はアソビッチの頭を、ぽんぽんと叩く。

 その触り方があまりにもおぞましかったので、アソビッチの背筋は凍りついた。

 その反応を、神官は勘違いする。


「そうそう、そうやって大人してれば、こっちも考えてやらなくもないんだ。どうせそのつもりで来たんだろ?」


 頭を叩いていた手が髪を撫でつつ肩に降り、腕を伝って腰を撫でさすり、そして太ももを掴んだ。


「な……なにするし!?」


「遊び人なんだから、ちょっとくらい遊ばせてくれたっていいだろうが。魔法使いになりたくないのか?」


「な……なんだかよくわかんねーしっ!? やっ……やめっ! だっ……誰かっ……! 誰かぁーーーーっ!!」


「大人しくしてろって! おいっ、扉をロックしろ!」


 やせっぽっちの助手は止めに入るどころか、シッポを振るように扉に走る。


「た……助け……! 助けてっ……! ヴァールっちぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーっ!!!!」


 助手は扉をガチャリとロックすると、上司の神官のモノマネをしてアソビッチを煽りはじめた。


「いくら騒いでもムダでぇ~っす! この部屋は、防音魔法がかかってまぁ~っす! 残念でしたぁ、ベロベロ~~~~ッ!」


 扉の向こうから、「やれっ、ノーユーズ!」と声がした途端、


「バァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?」


 施錠した扉が爆風を受けたように開き、その前に立っていた神官は変顔とともに吹っ飛ばされてしまう。

 「だ……誰だっ!?」と醜い顔をあげる神官。

 そこには大剣を担いだ戦士の少女と、赤と黒のコートをマントのように翻す男が立っていた。


「ヴァールハイドの名において、地方神判の開廷を要請するっ! 原告はアソビッチ! 被告は『転職の神殿』の神官だっ! さぁ……! 赤か黒か、ハッキリさせようぜ……!」

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勇者弁護人 佐藤謙羊 @Humble_Sheep

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