08 転職の神殿

 街の大通りをずんずん歩いていくヴァールハイド、その途中、横にノーユーズが並んだ。


「ねぇ、ちょっといい?」


「なんだ?」


「パーティのバランスが悪すぎだわ。勇者に戦士ときたら、普通は魔法使いに聖女でしょう? 魔法を重視しないなら、盗賊か武闘家を選ぶべきだわ。それなのに、商人と遊び人だなんて……。どうせあなたのことだから適当に選んだんでしょうけど、今からでも……」


「なんだ、俺たちのこれからのことを考えてくれたのか」


 ノーユーズは頬を染めて言い返す。


「ち……違うわよ! 誰があなたのことなんか! わたしはただ、一般的なパーティバランスの話を……! それに明後日にはお別れだから、せめてものアドバイスを……!」


「そうか、まあ俺もこのまま戦いに出たりはしねーよ」


「そうなの……? じゃ、いまどこに向かってるの……?」


「あそこだ」


 坂道を上りながらヴァールハイドが指さした先に、ノーユーズは「ええっ!?」と目を瞬かせる。


 ヴァールハイドが次の目的地としていたのは、なんとファーストラストの王城。

 今朝がた、国王と大臣相手に国家転覆ばりの大立ち回りを繰り広げ、軍事費ばりの金をふんだくった場所である。


 仲間の少女たちはよりいっそう不思議がったが、ヴァールハイドは「ついて来ればわかる」と城に入っていく。

 ユーシアのおかげですでに顔パスになっていたが、城内の者たちはみなユーシアを見るなりヒソヒソ話をしていた。


「あれが、女勇者……!」「噂どおりの田舎娘だな……!」「しかも、国王を訴えたそうではないか……!」「もう王族気取りのつもりか……!?」「なんと末恐ろしい……!」「やはり女に立場を与えると、ロクなことにならんのだ……!」


 少女たちは居心地の悪さを感じていたが、ヴァールハイドはどこ吹く風でずんずん進んでいく。

 しばらくして城の奥にある、重厚なる門で閉ざされた部屋の前に着く。

 ユーシアはその門の作りに圧倒され、立派な流氷を前にした子ペンギンのように「はえー」と見上げていた。


「ヴァールハイドさん、王様に会うんじゃないの?」


アレ・・にはもう用はねぇよ。当分、な」


「勇者よ! この先は、『翼の紋章』が無ければ通れぬぞ!」


 ヴァールハイドは厳しい警告を投げかけてくる門番のひとりに近づくと、馴れ馴れしく肩を組む。

 仲間である少女たちに背を向け、声を潜めた。


「……カミさんは元気か? 今度、ふたり目が生まれるんだろ?」


「なにっ!? 貴様、いったい何者だ!?」


「俺のことはどうだっていい、それよか女房を捨てて、洗濯屋の娘といっしょになるんじゃなかったのか?」


「なっ、なぜそんなことまで……!?」


 ヴァールハイドはコートの左側の襟をめくりあげ、裏地に付けたバッヂを見せながら続ける。


「俺はその娘から相談されててなぁ。あ、そうそう、それとはまったく別の話なんだが、この門を通るにはどうしたらいいんだっけ?」


「き、貴様、この俺を脅す気か!?」


「おいおい、早合点すんなよ。俺はこの門を通るにはどうしたらいいかって、お前さんに相談してるだけだぜ?」


「ぐっ、ぐぬぅっ……!」


 門番は青筋を浮かべながらヴァールハイドを振りほどくと、部下らしき門番たちに向かって声を荒げた。


「門を開けろ! 翼の紋章? それは俺が確認した! いいからさっさと開けろ!」


 本来は、魔王討伐の旅がかなり進んでからでないと開けられない門を、ヴァールハイドはあっさり開門。

 門番たちに「ご苦労さん」と声をかけながら進んでいくのを、少女たちは尻に火が付いたように追いかけた。


「ちょ、ちょっと、ヴァールハイドさん!?」


「あなた、なにをやったんですの!?」


「この門を通るには、紋章が必要だって言ってたじゃない! まさかまた、卑怯なことを……!?」


「あっはっはっはっ! ヴァールっちってばマジウケるし!」


 しかし少女たちの疑問は、門の奥に広がっていた空間の美しさによって霧散する。

 そこは、翼ヲ広げた天使像に囲まれ、天井に描かれた天空の絵画を鏡面のように映し出した人口の湖があった。


「「「「ふわぁ……!」」」」


 子ペンギン姉妹のように立ち尽くして見とれる少女たちをよそに、さっさと水面に足を踏み入れるヴァールハイド。


「おい、さっさと来い。まとめて転送するほうが待ち時間が少なくてすむんだ」


 「……転送? これってもしかして、『旅の翼』?」とユーシア。


 『旅の翼』とは、遠方に一瞬にして行くことのできる魔導装置の一種である。

 魔導装置とは、魔法の力によって動く機械のようなもので、旅の翼はいわゆる転送装置であった。

 術者などを必要としないというメリットはあるが、行き先は固定である。


 少女たちは旅の翼を見るのも初めてだったので、修学旅行に来たかのように大興奮

 湖の上は不思議な力が働いていて、水の上を歩くことができたのでさらに大はしゃぎしていた。


「す、すごい! まさか旅の翼が使えるなんて! まるで勇者みたい!」


「だ、ダメよ! レベル1で旅の翼なんて! こんなのぜったいに卑怯よ!」


「あっはっはっはっは! ユーズっちってばそう言いながら真っ先に乗ってるし!」


「エスコート無しというのはいささか不満ですけれど、余興としては楽しめそうですわね」


 様々な気持ちを乗せて、旅の翼が動き出す。

 湖の中心から光の波紋が広がると、上に乗っていた五人の身体は浮き上がる。

 そのまま翼に導かれるように、天空の絵画へと吸い込まれていった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 収束する光の波紋とともに着地した先は、出発点以上に荘厳とした空間だった。

 旅の翼があった部屋、そして門を出ると、太い柱が居並ぶ広間へと出た。


 ヴァールハイドの後に続く少女たちは、ここはどこなのかとキョロキョロとあたりを見回す。

 柱の間に建てられている神官像を目にし、ノーユーズが「あっ」と声をあげた。


「ここは、もしかして……『転職の神殿』!?」


 この世界では冒険者という職業になる場合、ギルドや学校の推薦を得る必要がある。

 しかしいちど職業を決めた冒険者が、他の冒険者職に転職を希望する場合は、必ずこの転職の神殿で手続きをしなくてはならないという決まりがあった。

 転職と訊いただけで、アソビッチは爆笑する。


「あっはっはっはっは! なんだかよくわかんないけど、ヴァールっち転職すんの? いきなり転職なんて、超ウケるし!」


 転職希望者などそうそういるものではないのか、神殿内は人影もまばら。

 手続きのため待合室にいる冒険者の数を、ひーふーみーと数えながら、ヴァールハイドは言った。


「いや、俺じゃねぇよ。転職するのは」


「へ? じゃあなにしに来たし?」


「転職するのはお前だよ、アソビッチ」


「あっはっはっはっは! なにそれ、超ウケ……えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」

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