07 新生ヴァールハイド

 ピラはヴァールハイドの足元にひれ伏し、とうとう白状した。


「じっ、実は火蛍の杖なんて買ってないんだ! ちょっと遊ぶ金が欲しくて、ツンの野郎がいいことを思いついたっていうから……! 俺はツンの言われた通りにしただけで、なにも悪くないんだ!」


 相方が気絶しているのをいいことに、すべての罪をおっかぶせようとするピラ。

 それが、結審のトリガーとなった。


「それでは、判決を言い渡す! 原告側の請求は認められず、すべて却下とする! もとより、原告が虚偽による告訴と認めたため本神判は棄却! 原告の両名は槍によって1回ずつ、脇腹を突かれるものとする!」


「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 それから小一時間後。

 ヤジ馬もいなくなり、いつもの街並みに戻った武器屋の店先。


 沙汰を下されたチンピラコンビは地べたにうずくまり、脇腹を押えてヴァールハイドを睨みあげていた。


「ぐっ……ぐぎぎ……! お……覚えてろよ……!」


「な……仲間を連れて、仕返ししてやる……!」


 それは、もはやヴァールハイドにとってはデジャヴのような光景だった。


「まだ懲りてねぇようだなぁ。言っとくが、こっちは訴え返すこともできるんだぜ? 店主はお前らの恫喝により精神的苦痛を受けてんだからな」


「せいしんてき……?」「くつう……?」


 まるで異国の言語を耳にしたかのようなツンとピラ。

 ヴァールハイドは前屈みになって、ふたりだけに聞こえる声でささやきかけた。


「ようするに、どデカイ神判をやるってことだ。そうなったら、徹底的に追いつめてやる……! お前らだけじゃなくて、仲間や家族に至るまで、徹底的にな……! 全員まとめてケツの毛までむしってやるから、覚悟するんだ、な……!」


 そのドスの効いた声は、ツンとピラの恐怖をこれでもかと抉った。


「「おっ……おたすけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」


 血の気を失ったツンとピラは、脇腹を押えたまま転げるようにして逃げ去っていく。

 その背中を、ひと仕事終えた様子で見送るヴァールハイド。


「これだけ脅しときゃ、この店に仕返しに来ることもねぇだろ」


 『コジンマーケット』の店主は、神のようにヴァールハイドを拝みはじめる。


「あ……ありがとうございます! ありがとうございますっ! あなた様がいなかったら、この店はどうなっていたことか……!」


「なーに、気にすんな。こっちは当たり前のことをしたまでだ」


 ヴァールハイドは気さくに笑って、店主の肩をぽんぽん叩く。

 そして、また絞った声量でつぶやく。


「だって、これからしばらく世話になるんだから、な……!」


 ヴァールハイドは振り返ると、背後にいた仲間たちに言った。


「よし、この店で好きなものを買っていいぞ。消耗品は俺が揃えるから、お前らはしっかりと初期装備を整えるんだ」


「えっ!? なんだかよくわかんないけど、マジでなんでも買ってくるし!? やーりぃーっ!」


 真っ先に店の中に飛び込んでいくアソビッチ。

 他の仲間たちは店主が不安そうにしているのを見て、「いいのかな?」といった顔をしつつも、店の中に入っていった。


 そして、少女たちのファッションショーが始まる。


 ひとり目は勇者のユーシア。

 栗色のショートカットにはマジックアイテムのティアラ、彼女はボーイッシュな顔立ちだが、おかげでだいぶ女の子らしく見えた。

 青いTシャツに革の胸当て、さらに上からマントを羽織っている。太いベルトのショートパンツにブーツ。

 武器は胴の剣と革の盾をチョイスする。


「えへへ、どう!? ぼくの憧れのブレイブワン様が、魔王討伐の旅に出た時と同じ装備にしてみたんだ!」


 ユーシアは興奮した様子で、みんなの前でくるくる回ってみせる。

 その姿はまるで、おてんばなシンデレラがガラスの靴を与えられたかのようだった。


 ふたり目は戦士のノーユーズ。

 腰まで伸びたサラサラのロングヘアをマジックアイテムのヘアピンで留めており、ツリ目がちな彼女の顔立ちがよりキッチリとした印象となっていた。

 白を基調としたサーコートにズボン、鉄の肩当てとガントレット。

 武器は身の丈ほどもありそうな大剣だった。


「まだユーシアのパーティに入ると決めたわけじゃないわ。でも、買えっていうから仕方なく……」


 それでもまんざらでもない様子のノーユーズ。

 その姿はまるで、幼くして騎士道にあこがれはじめた女ドン・キホーテのようであった。


 三人目は商人のカネアリス。

 長く美しい金髪をツインテールにして、マジックアイテムのリボンバレッタで結わえている。

 まだ少女ながらもツンとすました表情は、将来は男を手玉に取る妖艶さをすでに感じさせた。

 ゴージャスな赤いエプロンドレスに身を包み、手にはムチ。


「富の象徴である黄金と、高潔の象徴である赤……あなたたちにひれ伏す権利をさしあげますわ、おーっほっほっほーっ!」


 その姿はまるで、不思議の国も鏡の国もその掌中に収めたアリスのようであった。


 四人目は遊び人のアソビッチ。

 彼女がアゲ盛りと呼ぶ、ピンクのくせっ毛のロングヘア。頭にはマジックアイテムのウサ耳。

 ギャルメイクで彩られた顔は同性なら誰もが振り返る流行の最先端、さらにコケティッシュで異性の目も独り占めしそう。

 ドレス風にアレンジした黒いバニースーツに網タイツで、プロポーションのいい身体をピンポイントで晒している。


 その姿はカネアリスと並ぶと妙にミスマッチしており、まるでアリスを導くいたずらウサギのようであった。

 さっそく、カネアリスにチョッカイをかけている。


「あっはっはっはっは! アリスっち、そのツインテ超かわかわだし!」「だ、抱きつくんじゃありませんわ!」


 そして五人目、大トリのお披露目となったのは……。

 それまでの少女たちは、武器屋の試着室のカーテンを開け放ってお披露目していたのだが、その人物だけは店の外から入ってきた。


「……装備は決まったか?」


 日差しで逆光となったその姿は、シルエットだけで、その場にいる者たちを唖然とさせてしまうほどの変わりようだった。

 四人の少女たちは口をあんぐりさせたまま、彼を指さす。


「ば……ヴァールハイド、さん……?」「ほ、ほんとうに……」「あなたなんです……」「の?」


 ヴァールハイドは黒髪に赤いメッシュが入った無造作な髪型こそ変わらなかったが、すっかり洗髪されており、顔を覆っていた汚れは髭ごときれいさっぱり無くなっていた。

 頬はこけているが、それがかえって顔立ちのシャープさを強調している。

 表情こそ飄々としているが、瞳の奥に隠された鋭さはただ者ではない雰囲気を醸し出していた。


 黒いロングコートをマントのように肩掛けており、広がった裾からは真っ赤な裏地が覗いている。

 黒いスラックスと革靴はエッジが効いており、彼の長い脚をよりスマートに演出していた。


 つい先ほどまでは路地裏の住人のようだったのに、お城の舞踏会にいてもおかしくない一流紳士。

 助けた醜いアヒルの子がチョイ悪オヤジになって返ってきたかのように、このパーティでいちばんの変身を遂げていた。

 しかし当人は、鏡に映った自分の姿を見ても「これが俺……!?」と驚いたりはしない。

 少女たちの装備を見回したあと、さっそく突っ込みを入れていた。


「おいアソビッチ、お前、武器はどうした?」


 問われたアソビッチは、背後からハリセンを取り出す。


「そんなのが武器になるかよ、コイツを使え」


 ヴァールハイドは近くの棚に陳列されていた火蛍の杖を取り、アソビッチに投げた。


「え? でもあーし、魔法使いじゃないし? なんだかよくわかんないけど……」


 しかしアソビッチは少し考えて、合点がいったように顔をほころばせた。


「あっはっはっはっは! そっかそっか、あーしでも装備できるし! それに、これでぶん殴るほうがハリセンよりも威力ありそうだし!」


「魔法の杖でぶん殴るってサルかよ」


 ヴァールハイドは呆れた捨て台詞とともに背を向け、店を出ようとする。


「ソイツは振って火を出して使うもんだ。それができなきゃ、装備してるとはいえねぇんだよ」


「ええっ!? さっき、ヴァールっちが言ってたし!?」


「さっき? そりゃいつのことだ? 何時何分何秒、地球が何回まわったときだよ?」


「え……ええ~っ……」


 少女たちはキツネに化かされている最中のような、どうにも腑に落ちない表情のまま、ヴァールハイドのあとに続いて店を出た。

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