06 装備の定義

 ヴァールハイドは被告人席を出る。

 法廷の中央に立つと、周囲をぐるりと見渡しながら述べはじめた。


「商取引法では、武器屋で客が装備品を購入しようとした場合、店員はその客の職業を判断し、装備できない場合は購入前に客に知らせる義務がある。本件は、被告の店主がその判断を誤ったことにより、原告が被害をこうむったというものだ」


「で、でも、それ以前に……!」


 口を挟もうとした店主を、ヴァールハイドはひと睨みで黙らせる。


「それ以前に、被告の店主が問題の装備品を原告に販売したのかという問題がある。だがそれをここで問答するのは時間のムダだ。原告が購入したという火蛍の杖を証拠品として提出してくれれば話は別なのだが、原告は『無くした』と供述するだろうからな」


 「ぬぐっ……!」と歯噛みをするチンピラコンビ。


「だからここでは、被告が実際に火蛍の杖を原告に売り、かつ原告に『装備できる』という旨を伝えたという前提で話をしようと思う」


「なっ……!? ま、待ってくれ!」


 店主は泡を食ったように被告人席から飛び出してきて、ヴァールハイドに激しく耳打ちした。


「そ……それだと、相手の言うがままじゃないか! 私があのふたりを魔法使いだと判断したとでも!? さっきも言ったが、どう見たって違うだろう!」


 ヴァールハイドは「いいから」と何事もなかった様子で続ける。


「その場合、争点としては、火蛍の杖が店主の言うとおり『装備できた』のか、それとも『装備できなかったのか』という点になる」


 ヴァールハイドは法廷の中心から離れ、被告席の後ろにある武器屋へと向かった。

 そこで、店頭に飾ってあった火蛍の杖と棍棒を持ち出す。

 火蛍の杖も棍棒も、長さが1メートルほどのステッキ状で、持ち手のあたがコブ状に大きくなっているものだった。

 ヴァールハイドは火蛍の杖を右手に、棍棒を左手に持つと、チャンバラごっこのように振り回しながら陳述を再開する。


「ここでみなさんに問いたい。装備の可否はというのは、なにを持ってして定義されるのかを。俺は魔法使いではないが、いまこうして火蛍の杖を振り回している。これは『装備できる』というのではないか?」


「そんなわけあるか! それは『手に持ってる』っていうんだ!」


 ツンの異議に、ヴァールハイドはすかさず切り返す。


「俺の左手にある棍棒も『手に持ってる』のだが? ということは、これは『装備できていない』ということになるのか?」


 ちなみに棍棒は、すべての職業が装備可能な武器のひとつである。


「そ……そっちは装備できてるじゃねぇか!」


「ほう。右手の火蛍の杖は装備できていなくて、左手の棍棒は装備できている? どちらも手に持てているというのに、どこに違いがあるというんだ?」


「しゃらくせぇ……! そうやって、煙に巻こうってのかよ……!」


 ツンは知恵熱が出ているかのように顔を真っ赤にし、しかめっ面で考える。

 やがて、頭の上に電球が灯ったかのように顔を明るくした。


「そ……そうだ! 火蛍の杖は、魔法使いが振ると火が出るんだ! だから、装備できるか否かは……武器として使えるかどうかで決まるんだ!」


 ツンは『装備可否の定義』を自分なりの言葉で言いあらわす。

 それはある意味的を得ていたので、「おおーっ」と傍聴席から感嘆がおこる。

 ツンは民意を得たとばかりに、さらにたたみかけた。


「どの職業だって、持つことくらいはできらぁ! だがそれが武器として用をなさなきゃ、装備してるとはいえねぇんだよ!」


 ピラまで調子に乗って言い添える。


「そうだそうだ! そこの店主は、俺たちが火蛍の杖を装備できるって言った! ってことは俺たちが火蛍の杖を振ったら、火が出なきゃおかしいんだよ! まさか、そんなつもりじゃなかったなんて言うんじゃねぇだろうな!?」


 勝利のシッポを捕まえたかのように、ヴァールハイドの瞳が底光りした。


「武器として用をなさなきゃ、装備してるとはいえない……? そんなつもりじゃなかった……?」


 隣に立っていた店主を見やって尋ねる。


「ご主人、この棍棒の材質は何だ?」


「か……樫です」


「それでは、こっちの火蛍の杖の材質は?」


 店主はひと足はやく、ヴァールハイドの意図を察したかのように声を大にした。


「かっ、樫です!」


「なるほど。棍棒は、殴打することによって武器となる。ご主人は、同じ材質の火蛍の杖での殴打も、同じく武器となるとみなしたというわけですね」


 「はっ、はい!」と答える店主。

 ポカーンとなるチンピラコンビに向かって、ヴァールハイドはいけしゃあしゃあと言った。


「火蛍の杖を、『殴打による武器として使う』という点で判断すれば、原告のふたりは火蛍の杖を装備できるということになる。よって店主が、原告のふたりに火蛍の杖を売ったときに『装備できる』と告げたのはウソではないということだ」


「へっ……へりくつだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 チンピラコンビの絶叫。どよめく傍聴席。


「んじゃ、へりくつかどうか試してみるか? 証明するのは簡単なことだ」


 ヴァールハイドは棍棒を店主に渡すと、空いた手のひらに火蛍の杖の頭をポンポンと打ち当てる。


「ツン、いまからコイツでお前さんを殴る。それが有効打にならなかったら、俺はこの火蛍の杖を装備できてないことになる。そうなりゃ、一発でお前さんの勝ちだ。でも殴られるのが嫌だってんなら、それはもう有効打を認めたも同然となる」


「ぬぐっ……!?」


「なんだ、怖いのか? ならケツまくって負けを認めるんだ、な」


 それは完全なる挑発であったが、単細胞なツンはあっさり引っかかってしまった。


「お……面白ぇじゃねぇか! テメェみたいなヒョロガリにやられる俺じゃねぇ! そうだ、最初っからこうすりゃ良かったんだ! 女みてぇにウジウジ言い合うより、男ならガツンといっぱぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっつ!?!?」


 威勢のいい言葉をまき散らしていたその口めがけ、バットによるフルスイングさながらの一撃が炸裂。

 ツンは鼻血と奥歯を撒き散らしながらブッ飛び倒れ、白目を剥いてピクピクと痙攣。

 その哀れな姿を見下ろしていたヴァールハイドは「う~ん」と唸った。


「有効打だったかどうか、いまいちよくわかんねぇなぁ……。んじゃピラ、お前が試してみっか?」


 急に話題の矛先を振られたピラは「ええっ!?」とキョドりはじめる。


「赤か黒か、好きな法を選びな。言っとくが、俺の立つ法廷は白か黒では終わらねぇ……!」


 ヴァールハイドは火蛍の杖を突きつけながら、アワアワしているピラにさらに迫る。


「さぁ、どうする? 真っ赤な血を流すか、破滅の黒に塗りつぶされるか……!」


「おっ……おゆるしをぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

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