05 武器を買いに

 それからヴァールハイドはたっぷり食べて飲んでから、膨れ上がった腹をさすり、気楽な笑顔を見せる。


「あー食った食った、こんなに食ったのは久しぶりだぜ。まあなんにしても、クソ坊ちゃんがこの国に来るのは明後日らしいから、それまでは俺に付き合ってくれよ。途中で嫌になったら、パーティを抜けてくれてかまわん」


 その提案を受け、ノーユーズとカネアリスとアソビッチは、一時的にユーシアのパーティに加入することを承諾する。

 彼女たちはここで断ることもできたのだが、それはしなかった。

 このまま酒場の2階に戻ったところで、ナナピカが来るまで特にすることもなかったからだ。


「よし、そんじゃ決まりだな。ちょっくら用を済ませてくるから待ってろ」


 ヴァールハイドは爪楊枝を咥えたまま立ち上がり、クエストカウンターのほうに向かう。

 店主と押し問答をすると、店主の制止を振り切って2階にあがっていった。


 しばらくして、何事もなかったようにテーブルに戻ってくる。


「よし、行くぞ」


 「ヴァールっち、2階でなにしてたし?」と独特のネーミングで尋ねるアソビッチ。


「ああ、さっきお前のかわりに選ぼうとしてた、白いローブの女がいただろ? アイツにちょっと挨拶してたんだ。選ばなくて悪かったな、って」


「あっはっはっはっは! なんだかよくわかんないけど、ヴァールっちってば清純系の子がタイプなん? ずっと同じ部屋にいたけど、あの子めちゃくちゃピュアだったし!」


 屈託のない笑顔を浮かべるアソビッチの頭を、ポンとやるヴァールハイド。


「ソイツをさしおいてお前を選んだんだ、だから期待してるぜ」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 酒場を出た一行は、ヴァールハイドの先導で商店街を練り歩いていた。

 やたらとキョロキョロしていたので、ユーシアは気になって尋ねる。


「ヴァールハイドさん、さっきから何を探してるの?」


「いや、武器屋がねぇかなと思って」


 カネアリスから「はぁ?」と呆れたため息が返ってくる。


「武器屋なら、さんざん通り過ぎましたわよ?」


「いや、ちょうどいい武器屋を探してんだよ。おっ……あれなんか良さそうだ」


 ヴァールハイドが目を付けたのは『コジンマーケット』という看板を掲げる店で、店の前には人だかりができていた。

 近づいてみると、人だかりの中からひっきりなしに怒声が轟いている。

 覗き込んでみると、身体を包帯でグルグル巻きにしたチンピラじみたふたり組の男が、店主の胸倉を掴んでいた。


「お前が装備できるっていうから買ったのに、装備できなかったぞ!」


「おかげでこのザマだ! このケガのオトシマエ、どうつけるつもりだ! ああんっ!?」


「そ、そんな……! そう言われましても、私どもでは……!」


 人混みをすり抜け、ヴァールハイドがチンピラコンビの間に割って入る。


「まあまあ、落ち着けって」


「なんだぁ、テメェは!?」「関係ねぇヤツはすっこんでろ!」


「俺にも一枚噛ませてくれよ。どうせやるなら、訴訟を起こすってのはどうだ? 簡易神判なら手間もなくて即決だぞ。それに女神サマのお墨付きになるから、衛兵に邪魔されることもなくなる。大手を振って金をふんだくれるぞ」


「なに? お前、もしかして……」「そんなナリしてるくせに、弁護士なのか……?」


 ヴァールハイドは頷き返しながら、弁護士バッヂをチラ見せする。


「やる気があるなら、この俺が開廷を手伝ってやるよ。もちろん成功報酬はいただくが、な」


「面白ぇ! やろう! 俺はツンっていうんだ!」「俺はピラだ! いちど、神判ってのをやってみたいと思ってたんだ!」


「そうこなくっちゃ! じゃあ、さっそくやるか!」


 チンピラコンビは色めき立ち、店主はよりいっそう震えあがる。

 ユーシアが見かねた表情で飛び込んできた。


「やめて、ヴァールハイドさん! 店主さんをいじめないで!」


「お前は黙ってろ」


 ユーシアを押しのけながら、ヴァールハイドはよく通る声をことさら響かせた。


「ヴァールハイドの名において、簡易神判の開廷を要請するっ! 原告はツンとピラ! 被告は『コジンマーケット』店主だっ! さぁ……! 赤か黒か、ハッキリさせようぜ……!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 人だかりから、閃光弾が炸裂したような強い光が漏れる。

 ツンとピラの驚嘆、店主とユーシアの悲痛、そして観衆のどよめきがあふれだした。


「おおっ!?」「ううっ!?」「ああっ!?」「すげえ……!」


 白く飛んでいた視界が戻ると、武器屋の前の通りは法廷に作り替えられていた。


 通りの北側には、大天使ミカエルが神判長席に鎮座。

 通りの南側には、すべての観衆が傍聴席に着席。

 ユーシアとノーユーズとカネアリスとアソビッチはその最前列に座っているが、みなキツネにつままれたような表情をしている。

 通りの西側にはツンとピラ。彼らは対面の男に気づくなり、目を剥いていた。


「お……おい!? テメェ!?」


「なんでテメェがそっち・・・側にいやがるんだ!?」


 男はとぼけた。


「え? 俺は最初からこっち・・・に付くつもりだったんだが?」


 その男……ヴァールハイドが親しく肩に手を置いていたのは、『コジンマーケット』の店主……!

 困惑しきりの店主をよそに、ヴァールハイドは飄々と言ってのける。


「裏切ったなんて言うなよ? 俺は開廷は手伝うとは言ったが、弁護をしてやるとは一言も言ってねぇからな」


「て……てんめぇぇぇぇ~~~~!」


 歯ぎしりするツン。おたおたするピラ。


「お、おいツン! どうしよう!?」


「取り乱すんじゃねぇ! 受けて立ってやろうじゃねぇか!」


「で、でもツン、神判やったことあるのかよ!?」


「ねぇよ! でもペテンにかけられて黙ってられるか! それにあんなヒョロガリのホームレス野郎なんざ楽勝だ!」


 ヴァールハイドは耳をほじっていた。


法廷ココじゃ、腕っ節なんてなんの役にも立たねぇぜ? まぁ、弁護士はいらねぇってのなら、さっさと始めようぜ」


「神判、開廷っ……!」


 大天使ミカエルの槍の演武の後、城下町の時計塔よりも重厚な鐘の音が鳴り渡る。


「それでは原告側、訴状を読み上げるのだ」


 ミカエルから促されても、ツンとピラはそれが自分たちの役割だということに気づいていない。

 彼らからずっと睨みつけられていたヴァールハイドが助け船を出した。 


「ツンとピラ、お前らが訴状を読み上げるんだよ。訴状ってのはこの場合は、お前らが店主から受けた被害の内容を話すんだ。それと店主への要求も、な」


 するとツンとピラは、お互いを押しのけあうようにして話し始める。


「俺たちゃこの店で魔法使い用の、火蛍の杖を買ったんだ!」


「そこにいる店主が装備できるっていうから買ったのに、火がでなかった!」


「おかげで、戦ってたモンスターにボコボコにされて、大ケガしちまった!」


「へへ……知ってるぜ! こういう時は、『いしゃ料』ってのをもらえるんだろ!?」


「いしゃ料!? なんだそれ!?」


「知らねぇのかよ、医者にかかるから『いしゃ料』ってんだ!」


「そんなのあんのかよ! すげぇツン、頭いいんだなぁ!」


 ピラにほめられて気を良くして、ガハハと高笑いするツン。ヴァールハイドは苦笑い。


「慰謝料の定義についてはともかく……訴状は以上だな?」


 ヴァールハイドの隣にいた店主が、不安が爆発したかのように一気にまくしたてた。


「あ、あの、私は、火蛍の杖なんか売ってません! それ以前に、あのふたりはどう見ても魔法使いじゃない!」


 すかさず、店主の耳元に顔を寄せるヴァールハイド。


「まあ落ち着けって。俺はお前さんの弁護を引き受けたんだ。だから任せとけ。それに不安なのはわかるが、余計なことをしゃべるな。しゃべるとそれだけ不利になるからな」


「おい、なにをコソコソやってやがる!」「へへ、アイツ完全にビビってやがるぜ!」


 勢いづいたツンとピラにヤジを飛ばされ、ヴァールハイドは向き直る。

 しかしチンピラコンビには目もくれず、神判長であるミカエルに向かって言った。


「意見陳述いいか?」


 すると、美しき天使は柳眉を寄せた。


「なに? まだ訴状を読み上げたばかりだぞ。原告への尋問はいいのか?」


「ああ、どうせしたってムダだ。だからサッと俺の考えを言わせてもらうぜ」

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