第一章 子供時代

第1話 とりあえず使用人長事件

 目を覚ましたら牢獄ろうごくだったこと、人生で何回あるだろうか。

 私の場合はこのときが初めてだった。この後、八回も経験することになるが、このときは初めてだった。ちなみに当時の私の年齢は八歳で、身長は今の半分ぐらいで、体重は四分の一以下であった。

 そんな幼気いたいけな私が目を覚ましたら牢獄だった理由は、である。

 前日にアルブァンデラ宮殿付きの使用人たちが宮殿の予算を着服ちゃくふくしていたことが、戦場からご帰還されたご主人さまにバレたのだ。しかもその予算は奥さまミッシェルさまのための予算だった。

 そのことを知ったご主人さまは怒髪天どはつてんつらぬき、着服に関与していた使用人、つまり使用人全員をみーーーーんな殺した。そしてその一族郎党いちぞくろうとう皆殺しにするために、魔法で一族郎党を皇帝のお住まいである宮殿にある、地下牢獄に移動させたのだ。よって、義理ぎりの両親共々アルブァンデラ宮殿付きの使用人であり予算をガッツリ着服していた私を含めて、関係者はみーーーーーーんな目が覚めたら牢獄だったというわけである。以上、な理由だ。

 さらにもっと簡単にこの状況を説明するならば、寝ている間にご主人さまによる怒りの首チョンパ待ちの列に並ばされていた、である。

 というわけで、私が目を覚ましたときには地下牢獄は阿鼻叫喚あびきょうかんであった。

 が、当時の私にはその辺の事情はさっぱり分からなかった。義理の両親は裕福ゆうふくな暮らしをしていたが、私は彼らの子どもという名の憂さ晴らしのペットというか、平たく言えばサンドバックというお仕事だったので、『あれ、飼い主さまたち、私が寝てる間にまた新しい遊びを思いつかれたのかな』ぐらいの感覚である。

 なので私は目を覚ましたあとは、普段通り体操たいそうとストレッチをして、部屋の隅に設置された水洗トイレで朝の粗相そそうを済まし、用意されていた服に着替えて、『やったー! 新しい服だー! 飼い主さまが私に物をくれるのなんて初めてだー! うれしいー!』と思いながら、クルクル踊り、それから見張りの兵士にこう聞いたのだ。


「あの、こちらでの私のお勤めはなんでしょうか? 飼い主さまのおっしゃるとおりにいたします。泣いたほうがよろしいですか? 叫びましょうか? それとも声を出さずに殴られるのがよろしいでしょうか? あ! 私、ようやく足の骨はつながりましたので、お好きな方から折っていただいて構いませんよ。お待たせして申し訳ございませんでした!」


 そして私は、阿鼻叫喚をおいて真っ先にご主人さまの元に連れて行かれたわけである。

 ちなみにご主人さまと奥さまにもほぼ同じ口上こうじょうを述べた結果、奥さまは私を抱きしめ、ご主人さまはそんな奥さまを私から引き剥がして、抱きかかえた。


「ミッシェル、いい加減に少しは疑いの心を……」

「あんなっ! 小さい子どもが! あんなに痩せて! ルヴァリァル! この、無能! 平民出の無知なる男! 恥を知りなさい! これは、あなたの統治とうちの結果ですよ!」

「暴れるな。君が怪我けがでもしたら……」

わたくしに気安く触れないで! こんな無能な王の妻になどなりたくありませんでした!」


 ちなみにこの、混乱の中に発した奥さまの迂闊うかつな一言で、翌日からご主人さまは奥さまに一年間触れないことになるのだが、ここではおいておこう。

 とにかく私は目の前でワチャワチャしているお二人を見上げて、なんだか怒ったり泣いたりしていて大変そうだと思い、とりあえず私のできることをしようと思った。

 なので立ち上がり、彼らの足元に駆け寄り、まず泣いて怒っている奥さまの足首を掴んで、自分の頭の上に乗せた。


「どうぞ! ねじねじしてください!」


 しかし、彼らはその瞬間に、言葉と動きを止めた。

 私は『あれ、おかしいなあ、全然痛くないなあ』と思いながら、ご主人さまの足首もつかんで、頭の上に乗せようとした。


「なにをするつもりだ、やめろ」


 そしたらその前にご主人さまに怒られ、しかもご主人さまは奥さまを抱きあげてしまった。『おかしいなあ』と思いつつ、私は仕方なく頭をあげた。


「心が乱れていらっしゃるようでしたので、私の頭をふみふみ、ねじねじされれば、おなぐさめになるかと……」

「何故そう思う」

「私、頭が踏みやすい形をしていると皆さまから好評を頂いております。骨が折れれば良い音も鳴ります。頭を踏みつけられるのは痛いですから、私もつい叫んでしまいます。皆さん、楽しいでしょう? どうぞ、お使いください」


 ちなみに奥さまはここで意識を失われた。

 ご主人さまは無表情で――どことなく顔色は悪かったが――私を見下ろしていた。


「皆さま、というのは、……誰のことを指している……」

「飼い主さまとその御友人の方々です」

「具体的に誰だ」

「私の飼い主さまはヤンギュード公爵こうしゃくご夫妻でございます。お優しい方々で、私のようなつまらぬ生き物を引き取り、お二人の子どもとしての戸籍を与えてくれました。御友人の方々は飼い主さまと同じ、とてもご立派な職場で働かれている方々で、皆さま大変優秀な……」

「もういい。おれの判断が正解であったことは十分わかった。外道共げどうどもが……」


 そして、彼は私にこういったのだ。


なんじにもう飼い主はいない。それらは皆、死んだ」


 私はよくわからなかった。


「故に汝を我が屋敷付きの使用人とする。他の使用人はおらぬ故、……汝を使用人長とする」


 私は彼を見上げて、正座をした。


「つまり、あなたさまが、私の新しい飼い主さまですか?」


 彼は私の目を見下ろしてから「立て」と言ったので、立ち上がる。彼は奥さまを抱きかかえて歩き出した。


「……最初の仕事だ、ついてこい」

「はい! どこまでもついてまいります! 飼い主さま!」


 彼は歩き出した足を止めて、うんざりしたように振り向いた。


われのことは、……ご主人さまと呼べ」

「ご主人さま!」

「この、我の妻のことは奥さまと……」

「奥さま! 奥さまは、お休みになられたんですか?」


 彼はゆっくりと歩き出した。私は早足でついていった。


「……汝の仕事は、奥さまを命をかけて幸福にすることである」

「はい! わかりました! 奥さまに殺していただければ、よろしいのでしょ? ご随意ずいいに!」

「全く違う……汝、年は」

「わかりません! あ。でも以前、飼い主さまから、八歳になったのに雌犬めすいぬにも劣る畜生ちくしょうであると評価をいただきました!」


 ちなみにこのときご主人さまは意識を失った奥さまを玉座の間から奥さまの寝室まで運ばれた。今考えると、ご主人さまが人前で奥さまに触れていた最長時間である。が、そのときのご主人さまの顔色はどう考えても土気色つちけいろであったし、意識を失っている奥さまに至ってはうなされていた。


「……名前は何だ」

「パルと申します。普段はゴミと呼ばれておりました! お好きにお呼びください、ご主人さま! ……ご主人さま、顔色が悪くございます。どうか私をいたぶってくださいませ。顔色が良くなります」

「なぜそう思う」

「運動は血行をよくいたします!」

「汝……賢いのに、なぜそうなった……我の統治のせいなのか……?」

「飼い主さまのしつけは素晴らしいのです。飼い主さまがおっしゃっておりました! 躾けられた生き物は美しいのでございます。私も日々精進ひびしょうじんを……」

「もういい、黙れ、話すな……息をするなとは申しておらぬ。息はしろ。黙ってついてこい」


 とにかく、この時から、私の仕事は始まったのである。

 本当に、ご主人さまとしては珍しく、追いこまれていたなあ、と私個人としては懐かしく思い返せるのだが、ご主人さまと奥さまは未だに思い出したくないとおっしゃる、それはそれは、ひどい事件であった。

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It's my job! 冷酷皇帝とツンデレヒロインをくっつけるだけの簡単なお仕事です! 木村 @2335085kimula

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