第7話 使命
「エストさん、ただいま戻りました!」
勢いよくドアを開けたが、返事がない。どこを探しても、エストさんはいなかった。この世界では、まだ2日しか経っていないはず。仕事かな。いや、何かがおかしい。よく見ると、荒らされた形跡がある。灰で汚れた床。まさか、泥棒か? そういえば、旅立つ前に何かあれば地下の閲覧室に伝言を残すと言っていた。なぜわざわざ閲覧室にしたのか――考え始めて背筋が凍る。
はやる気持ちを抑えつつ、足早に来た道を戻った。閲覧机にメモが置いていないか探す。本の最終ページに、QRコード付きの紙きれが挟まっていた。
『これを、あなたのデバイスで読み取って』
半信半疑でスマートウォッチをかざすと、立体映像が現れた。
『時空のひずみ』を引き起こした真因がわかったわ。サルやほかの動物には種がいくつも存在するのに、なぜ人間はホモ・サピエンスだけなのか、考えたことはある? 私はずっと不思議だった。そして、ここで昔の論文を発見したの。ウィーン大学の学生が書いた、『原罪に関する一考察』。
ホモ・サピエンスが生まれる前までの数十万年、ネアンデルタール人を始めとする別の人類が生きてたことは知っているわよね。でも、ホモ・サピエンスは、その残虐性ゆえ他の人類を滅ぼしたの。いえ、私たちがそう思っていただけで、実は生き残りがいた。彼らは、長い時間をかけて復讐計画を立て、誰にも気づかれないように少しずつ、私たちの社会システムに食い込んできたの。
実は、あなたが心身を蝕まれたのも無関係ではないわ。あなたの世界は学歴社会でしょ。もはや常識と化しているみたいだけど、明治維新を機に輸入された新しい社会システムなの。その黒幕は、ヨーロッパに潜伏していた先輩人類。でも、学歴社会は政府にとっても好都合だった。いい大学に入っていい会社に入るというレールを刷り込むことで、会社を経由して税金をカンタンに徴収できるからね。みんなが好きなことや得意なことを仕事にできたら、会社に入る人がいなくなる。それを避けるために、個人のチカラで生きていく方法を学校は教えてくれない。その結果、新しいシステムに適応できなくて苦しむ子どもや大人を量産してきたというわけ。政府はまだ気づいていないだろうけど、自信や自由を失った人たちであふれる国は、緩やかに、でも確実に衰退に向かっているの。
知ってる? あなたの時代では、年間2万人が自ら命を絶っていることを。これが、ホモ・サピエンスに秘密裏に仕掛けられた戦争の正体よ。そして、一度はこの危機を乗り越えたの。だからこそ、この世界では、一人ひとりが己のチカラを活かすことで自信をもち、自由に生きてこれた。なのに、再びその自由が奪われようとしている……借りていた部屋で灰色の足跡を見たでしょう。あれは、フリーランスを取り締まる特殊部隊。見つかると、有無を言わさず会社に入れられて、『好き』を仕事にする権利が奪われてしまう。あ、私はなんとかここから脱出して、別の場所に身を潜めているから安心して。
ちなみに……なぜ、初対面の私がこんなにあなたに協力するのか、きっと不思議に思ってたよね。前に伝えた通り、占いに出ていた予言は「過去の世界から来訪者あり」よ。でも、それには続きがあった。「名は、
そこで、立体映像は途切れてしまった。母さん……私が? エストさんが娘……? 情報の洪水にアタマが追いつかない。
社会システムを変えるなんて、できる気がしない……ただ、こんなちっぽけな私でも、社会の常識に囚われていた弱い自分を認めることはできる。いまだに、なんで時空を超えられたのか理解できていない。でも、何のためにここに来たのか分かった気がする。自分にしかできないこと――チカラを取り戻して、エストさんを救うこと――をするためだ。
まずは、チカラを貸してくれる人を探さないと……今あるのは、
1頭の蝶の羽ばたきが、竜巻を起こす可能性があるかもしれない。そんなバタフライ効果を願って、今度は自らの手で時空の扉を開いた。
テイルズ オブ リバティ アッシュ @Ash_artist
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。テイルズ オブ リバティの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます