第6話 2つめのかけら
早起き、洗面、庭掃除、調理、食事、講義、座禅、早寝……とルーティンをこなす日々が始まった。
「日常のあらゆる場面を修行に活かすことで、基礎体力を高めるのだ」
バリバリの剣の修行かと思いきや、まるで禅寺に入門したような錯覚に陥る。
「ん? どうかしたか?」
「いえ、何でもありません」
体力を高めてどうするんだろう。元の世界に帰れるのはいつだろう。先の見えない不安と隣り合わせだった。一向にかけらを手に入れられる兆しがなく、内心焦りやイライラに苛まれたこともあった。そんな心の弱さを見抜かれ、塁先生に警策で喝を入れられた経験は数えきれない。 いつしか時間の経過とともに、不確実な未来やネガティブな感情を少しずつ受け入れるようになった。
塁先生の働き方に学ぶ点も多かった。先生は、1日3~4時間しか働かない。主な収入源は剣術指導の月謝と庭園の拝観料。拝観者の受付に張りついているわけではないので、不労所得に近い。8時間労働がデフォルトの私は、驚くしかなかった。
◇◇
修行から2年。体力がついたことで不思議と、直面している問題に冷静に向き合う時間的、精神的な余裕ができた。以前の私は、イヤなことがあっても時間が解決してくれる、誰かが何とかしてくれると本当の問題から目を背けていたんだ。パワハラだと知りながら、上司から離れる、転職するといった決断ができなかった。成長すればいつか、上司が認めてくれるはずだと思い込んでいた。
「一つひとつの所作が洗練されてきた。気力・体力も充実している」
「ですが塁先生、まだ肝心の技を教わっておりません……」
「私の技がそなたに扱えるとは思っていない。得意技は自然と閃くものだ」
「ちなみに、先生のチカラは何ですか」
「私の属性は
突如、先生が剣を天にかざした。雲行きが怪しくなり、影のモンスターが現れる。
「フフフ……マタ会ッタナ。アノ恐怖ニオノノク様、今思イ出シテモ愉快ダ」
耳をつんざく忌まわしい声。1年前は逃げてばかりだったけど、今度は違う。
「オマエハ孤独ニ弱イ。イデヨ『暗雲』」
前回同様、周りが暗闇に包まれた。もはや先生の姿も見えない。
「修行シタトコロデ同ジ。オマエハ無力ダ」
無力だし、怖がりだし、人と比べて劣っている部分もある。でも、欠点も含めて自分だ。私には好奇心がある。好奇心が、未知の世界に一歩踏み出す勇気をくれたんだ。
「ナゼ逃ゲナイ!? クラエ、『マインドダウン』! 『ハートブレイク』!」
もう抑圧に屈しない。深呼吸する。よし、思いつきだけど、試しにやってみよう。
「……リバティ」
と唱えた。
「グ……バカナ、コンナハズデハ……!」
バサッと音を立てて、雲散霧消した。左手首のスマートウォッチに浮かび上がった文字は、『向上心』。
「ついに手にしたか。それは、
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