本を隠すなら枕の下に

杉浦


「ししょー起きてください、ししょー」

 あどけない声に起こされて目を開ける。ししょー?その単語の意味をぼんやりとした意識のまま思わず考えて、理解するより先に声の主が目に入る。

 男の子が私の顔を覗き込んでいたのだ。さらさらした黒い髪とその髪と同じ色のくりっとした目が私の視線を受けて笑みの形を作った。

 私?

 私って?そしてこの子は誰だろう。

 意識が徐々にはっきりしてきたのと同時に浮かんだのはとんでもない疑問。でもそうだった。ここはどこでこの子は誰だ。そして私は……。

 男の子がこちらをのぞき込むのを止めたので私も体を起こす。そこで、ベッドに寝ていたのだと気づいた。白のシーツ。木目調の壁と天井、小さな机と本棚、ドアは開いている。

 私の様子を不審に思ったのか男の子が声をかけてくる。

「ししょー、どうしたんですか」

 私は男の子をじっと見つめる。七、八歳ぐらいだろうか。とても愛らしい顔立ちの男の子だ。なぜだかエプロンをしているがそれもまた可愛らしく映った。しかしそんな子相手になんて声をかけたものか迷った。それでもしかたない、この子に聞いてみるしかないだろう。

「ごめんね。君はだれ?ししょうって何かな?私のこと……?」

 恐る恐る、言葉を選びながら話してみる。そんな私とは正反対に男の子は、きょとんとすると明るい声でまた口を開いた。

「僕はでしですよ。あなたがししょーだから、僕はでしです。僕がでしだからあなたはししょーなんです」

 師匠、弟子。やっと脳内で変換された全くもって心当たりのない単語と男の子の不思議な言い方にますます戸惑ってしまう。

「おかしなししょー。僕達ずっとここで暮らしてるじゃないですか。寝ぼけてるんですか」

 ずっと?あれ、それって……。何かを思う前にぐにゃりと視界が歪む。目眩に似た乱暴な感覚。あれ、あれ。私の意識が溶けるよりも覚醒するよりも先に視界が切り替わり、また、声がする。

「ししょー、起きてくださいししょー。朝ごはん冷めちゃいますよ」

 ベッドの上で声がした方に目を向ける。男の子――弟子がそこにいる。私はいつの間に眠っていたのだろう?まあいいか。

「おはよう」

「おはようございます」

 朝の挨拶を交わして、私はベッドから起き上がる。弟子に起こしてもらわないと起きられないなんて、ちょっと恥ずかしいが弟子はそんな私の様子に満足気に頷くと、ドアを開けて部屋から出ていった。

「すぐ来てくださいね」

 パタリと閉じるドアの音とそのドア越しの、弟子の声。さっきはあのドア開けっぱなしじゃなかったかと考えて――さっき?さっきってなんだろう。なんだか目眩がした。それともまだ寝ぼけているのかもしれない。私は顔を洗うために洗面台に向かうことにする。

 弟子も顔を洗う間ぐらいは待っていてくれるだろう。ドアを開けて廊下にでると、焼いたパンの良い匂いがした。


 洗面所でバシャバシャと顔を洗うと幾分かスッキリした気がする。食卓につくと弟子が「遅いですよ」と言って頬を膨らませた。私はそんな弟子に謝ると弟子はすぐににこりと笑った。

 テーブルの上にはクロワッサンにオムレツとコーンスープが綺麗に並んでいる。弟子と食事に感謝してそれを食べ始めた。

「ししょー、すみませんがフォークを取ってきてもらえますか」

 もちろんと答えて食器棚に向かう。食器棚の引き出しを開けるとそこには弟子がいて、私におはようございますと声をかけた。さっき聞いた声そのままに。

「え」

 え、で済む話ではないのだが私はそれだけ言葉にすると固まってしまった。引き出しの中に、誰がいるって?この子は?あれ、あれ。思考だけが走り回り、その考えは私のすぐ後ろに立った弟子が引き継ぐように声をかける。

「面倒ですがこんなこともあります」

 その声は余程弟子の年齢に合わないくらいに落ち着いたもので、こんなことってと聞き返す前にぐにゃりとまた意識がかき混ぜられる。

 食卓にいる。目の前には弟子、テーブルの上には牛乳とオムレツとクロワッサンとフォークが綺麗に並べられている。

「いただきます」

「……いただきます」

 私はほとんど自動人形のように繰り返すと、フォークを手に取り食事をしたのだった。


 何かがおかしい気がした。弟子は洗濯をすると言ってどこかへ行った。どこか?どこかってなんだろう。食後の片付けは私が申し出た、弟子は始めのうちは断ったがそれぐらいさせてくれと言うと困ったように笑ってそれでも頷いた。

 しかしぼんやり考え事をしたまま、食器に触れてはいけない。私はすぐにそれを身をもって実感する。

 皿が手から滑り落ちた。

「あっ」

 そう思った時にはもう遅い。がしゃんと皿が無惨に割れる音。慌てて素手でその破片を拾おうとして、指先に痛み。

 血が出ていた。素手じゃだめだ。ほうきとちりとりを取りに行こうとしてまた、ぐにゃりと視界が歪む。

「ししょー片付けありがとうございました」

 いつの間にそこにいたのか、弟子が食事棚の前でにこりと笑っていた。食事棚には皿が始めからそうだったと言わんばかりに静かにならんでいた。


 ぼんやりとした意識のまま部屋に戻ると弟子に告げて部屋まで戻ってきていた。右手でドアを開けようとして、指先の痛みに思わず手を引っ込めた。

 弟子がいなくてよかった。そう思ってしまったのはなぜだろう。血の微かに滲む指先を見て、さきほどの皿を思い出した。割れた、皿。それに触れて切れた指先。なのにいつの間にか片付いていた、いや、割れていなかったことになっていた皿。

 疲れているんだろうかそれとも具合でも悪いんだろうか。まるで妄想としか思えない考えに取り憑かれている。

 ――部屋を見てみよう。自然とそう思ったのは指先の痛みでもう一つ浮かんできた到底無視できない考えと感覚のせいだ。私は、ここにいる私は。

 また視界が歪んでしまうのが怖くてぎゅっと目を瞑り、それでもそうしているわけにはいかないので部屋に入る。

 おかしなししょー。弟子の言葉が蘇る。本当におかしい。長年私はあの子とここに暮らしている。その感覚はある。それなのに私が誰であの子が誰なのかそれがわからない。その気持ちが大きくなっている。

 自室なら、ここが本当に自室なら何かあるんじゃないかと思ったのだ。何でもいい、自分が自分であの子があの子だと実感できるもの。この妄想をバカバカしいと笑い飛ばさせてくれるもの。

 机から探し始める。便箋が何枚か。何も書かれていない。使いかけの鉛筆、消しゴム、彫刻刀、錆びたハサミ。だめだ。

 本棚はどうだろう。本がぎっしり詰まっている。そのどれも初めて見た気がすることには気付かないふりをした。

 『ただの日曜日』『水生植物のすすめ』『けんと盾』『てつ学ってなんだろう』

 ばらばらのジャンルが並んでいる。こちらもだめだ。特に何かの役に立つとは思えない。そう、諦めかけた時ふと視線がある一冊の本に止まった。

『本を隠すなら本の中』

 奇妙なタイトルに自然と手が伸びた。何の変哲もない本だ。ただし、中身は違った。白紙のページが続いていたのだ。ノート、手帳あるいは――とにかく装丁の凝ったそういう類のもの。パラパラとページをめくり続けて、ついに私は文字の書いてあるページを見つけてしまう。

 どうしてだろう、なぜだか驚きはなかった。ただただ決められていたように私はそのページの文字を読み始める。胸の辺りが緊張で締め付けられる感覚はあったけれど。

 『許して欲しい。ああ、許して欲しい。それでも私は次の私の為にこうして書き残そうと思う』

 ごくりと唾を飲み込んだ。見つけてしまったのだと思った。いや、解ってしまった。あの子があの子で、私が私の証拠などではなくむしろそれとは正反対のものが今自分の手の中にある。

 続きの文章に目を落とす。手書きの文字のそれは時々震えながらもまだ続いている。

『あの子にバレてはいけない。気づかれてはいけない。その時はこれを読んでいる私の終わりで、これを書いた私はとっくに終わっているのだから。だからこそこうして文字に残すのは間違いだ。どこに隠したってあの子はきっと気づく。時間の問題だ。だから、ああ、すまない、これを読んでいる今の私。君もきっと終わる。私のように』

 終わる?言葉の意味がわからなかった。それはいったいどういうことなのか。そもそも、これを書いた『私』というのは……。

『それでも書かなければいけない。ここに書いたことだけは覚えていられる。だから、これを読んでいる私も書くんだ。これを読んでいる私も気づいているだろう?気づいてくれたろう?ここはおかしい。あの子も私もおかしい』

 目眩がした。気づいていないふりをしたかった。

『気づいていないなら、この日記を手にとることはなかったと思う。それに時間がない。なかったことにするならそれでもいい。でももしこれを読んでいる私が今の私と同じ気持ちでいることを信じてあと二つだけ、大事なことを書いておく。これだけは忘れないように。この世界のおかしな点に気づいても気づいたことを知られてはいけない。気づかないふりをしろ。目を閉じろ、耳を塞げ。それを見ちゃいけない。

 もう一つは、探すんだ。全てを正しく、当て嵌める方法。それは必ず近くに。

 二つと書いたけれど、もう一つ。早く日記を書』

 唐突に文字が途切れた。まるでそこで書き手が消えてしまったみたいに。消える?まさか。そんなことを考えながらも、私は机に戻り、鉛筆を手に取るとそれを、手の中の日記に向けていた。

 躊躇いながらも私はそこに書いた。

『どうしろっていうんだ』

 率直な気持ちだった。急に突きつけられたこれをなんと呼べばいいのかすらわからない。問題?それとも助言?わからない。いっそ見なかったことにする道もあるのだけはよくわかっていたが、それを選ばないのはこれを書いた『私』も今ここにいる『私』も恐らく――

 私は迷いながらも日記に今の自分が覚えていることを書き綴った。日記、記録、まあ呼び方はなんでもいいがとにかくそれで、今の私のページができたわけだ。

 私はそれを枕の下に隠した。なんとなくだった。前の私から受け取った印だとでも思ってくれればいい。…思ってくれればいい?まるで誰かに話しかけるような思考に私は首を横に振って冷静さを取り戻そうとする。誰もいない。ここには私とあの子、弟子だけだ。

 日記には気づいても気づかないふりをしろと書いてあったが、おかしな点というのは例えば今日の皿のような?

 気づいたことを知られたらどうなるのか具体的に教えて欲しかった。それと同時にどうなるのかは私自身が知っているような気もした。

 目眩。ああ。思わずベッドの縁に腰かける。

「ししょー、ししょー」

 ドアの向こうで弟子の声がした。肩がびくりと跳ねる。これではいけない。知られてはいけない。どうしたのと返事を返すとドアから愛らしい瞳が覗く。

「ししょー、僕買い物に行ってきます。ドーナツでも買ってきますね。ししょー具合悪そうです。ドーナツを食べると大体元気になれます」

 買い物に行く店があることに驚きかけて、それをなんとか飲み込んだ。考えてみれば当たり前ではあるのだが。私は本当に何も覚えていないらしい。

「私がいこうか?」

「具合の悪そうなししょーのために行きたいんですよ」

 弟子は冗談めかしていうと、いってきますと顔をひっこめた。

「いってらっしゃい!気をつけて」

 慌てて声をかける。はぁいという返事とパタパタと元気な足音。年齢に似合わないしっかりした子だ。

 あの子もおかしい。あの子に知られてはいけない。日記に書かれていた文章がチクリと胸を刺す。気づいたことをあの子に知られたら……。あんなにも健気な子を疑うことに罪悪感があった。それなのに、少しずつあの子を恐れる気持ちを持ち始めているのだ。どうしたらいいのだろうと途方に暮れかけて、またさっきの日記の中の文章を思い出す。

『探すんだ。全てを正しく、当て嵌める方法』

「それは必ず近くに……」

 思わずぽつりと呟いた。それだけがもしかしたら唯一の糸口なのかもしれない。どうすればいいのかはわからなかったけれど。もしかしたら、弟子のいない今がチャンスなのかもしれない。

 探索を開始する為に立ち上がる。部屋を出る前に急き立てられるように私は枕の下から日記を取り出し、記録の為に書き込んだ。

『弟子がドーナツを買いに行った。どうやら町はあるらしい』

 と。


 家の中を歩き回る。何の変哲もないものが続く。居間にお風呂、トイレに玄関。あるのは私とあの子の生活の証ばかりだ。それなのにそれはもう私をちっとも安心させてくれなかった。そうしてぐるぐると探索している内におかしなことに気づいてしまった。

 あの子のいない今だからこそ気づけたこと。

 あの子の、弟子の、部屋がない。年端もいかないから?違う。ベッドすら見当たらないのだ。私の部屋で一緒に寝ている様子もなかった。それなら部屋がないのはおかしい。

 そこからまた注意深く見て回る。それでもやっぱり見つからない。あの子は――

「ししょー、ただいま戻りました」

 玄関で声がして私は慌てて探索をやめた。いつの間にかもうそんなに時間が経っていたらしい。それから、弟子と一緒に食べたドーナツは味がしなかったけれど私は美味しいと嘘を言ってそれを飲み込んだ。

 あの子はじっとこちらを見ていた。


 注意深く、弟子の部屋への扉を探す日が続いた。本当に時々弟子は町へ雑用で出かけたのでその間を見計らっての探索だ。

 扉は見つからない。棚の後ろや床まで見て回ったけれどだめだった。

 その内部屋の家具の配置が変わっているような気がして、私は記憶を繋ぎ止めるように必死に日記に記録した。

 あの子は変わらない。いつも通りだ。日記のおかげなのか、ぐにゃりとした感覚には襲われていないように思う。覚えている限りでは、だが。

 変わったことが二つあった。日記のことだ。本棚で見つけたときには確かに背表紙にタイトルが書かれていたと思う。そのタイトルが奇妙で思わず手を伸ばしたのを覚えている。なのに、今は背表紙には文字がない。空白だ。文字が消えるわけない。それなのに――考えてもわからなそうなので、一旦保留としておく。

 もうひとつは手紙が届いたのだ。私に。弟子が町へ出かけている間、それは玄関にいつの間にか置かれていた。

 正直に言うと、宛名がなかったから、私宛かはわからない。それでも中の文は私宛だとしか思えないものだった。

『おい!早く気づけ!そこから』

 白の便箋にはそれだけ書かれていた。気づかないふりをしろと言われたり、気づけと言われたり全くもって忙しい。その手紙は日記の間に隠すことにした。

 時間がないと急き立てられているのがわかる。他ならぬ自分自身にだ。根拠はなくてもきっと時間がないのは間違いではないだろう。だから、私はとうとう賭けに出る事にした。


「おやすみなさい、ししょー」

「おやすみ」

 歯を磨いて、明かりを消しておやすみの挨拶をする。本来ならそれで私は自分の部屋に戻る。賭けはそこからだった。弟子の後をつけることにしたのだ。家の中で後をつけるだなんて大袈裟かもしれない。日記の忠告を無視することになるのかもしれない。

 それでもたぶんこれなら、確実だと思ったのだ。弟子がいるのだから、弟子がいる内はきっと部屋がある。

 私はもうとっくにおかしくなっているのだと思う。私が書いた日記のページはもうだいぶ増えた。私は私でいたい。もう次の自分なんて嫌だ。もう忘れたくない。

 自分の部屋に行くふりをしてそっと弟子と別れた後ろのほうに目をやる。弟子がこちらを見ていた。私とおやすみの挨拶をした位置のまま。声をかけてもよかったのに、私は視線の圧に負けて、自分の部屋に戻った。

 背中には冷や汗が伝っている。ドアを閉める。心が折れかけている。後をつけることは許されなかった。それでもここで引き下がるつもりもない。

 私は扉を慎重に開ける。気配はない……ように思った。顔を出す。暗い廊下があるだけだ。私は部屋から一歩を踏み出した。戻ろうと何度も訴えてくる己の声を聞こえないふりで歩き出す。

 こんなにも廊下は暗かっただろうか?今なら、昼間ではわからないことがわかる気がした。

 ぎしり、ぎしり。どれだけ気配を押し殺しても響いてしまう足音に苛立つ。恐らく弟子が向かったであろう方向に足を進める。

 なにか、なにかないかと焦る自分をどうにか宥めながら。でも全て間違いだったことに気づいてしまうのにはそんなに時間がかからなかった。

 廊下にはたくさんの扉があった。あるわけがない。何度も探索した家の中だ。家の中だぞ?廊下の両脇には十では効かない数の扉がある。思わず目に付いた扉に震える手を伸ばしかけて、思いとどまった。

 気づいたことを気づかれてはいけない。もちろん今は弟子の部屋を探しているわけだから、矛盾があるのはわかっていたが、それでもその忠告を思い出したのだ。

 また廊下を歩く。先は暗闇で見えない。後ろも振り返れない。来た道を飲み込む暗闇を見たらきっと私は叫んでしまうだろう。

 もうどこにもいけない気がした。私は、今の私は失敗したのだ。以前までの私と同じように。

 気づいていた。ぎしりと廊下の軋む音が多い。私一人分ではない。気づいてしまった。そして恐ろしさに私は歩くスピードを早めてしまったのだ。

 ぽん、と肩を叩かれる。見てしまった。そこには笑顔の弟子がいた。

「あ……」

 私はほとんど泣いているような声で呟くしかなかった。弟子の笑顔が何より恐ろしいのは今の自分の終わりを悟っているからだ。

「ししょー、いい線いってました。惜しかったですね」

 嫌だ嫌だ嫌だ終わりたくない嫌だ嫌だ。座り込んでしまった私はもう言葉を発することもできずにただただそう思うしかできなかった。

「ししょー、おかしなししょー。どうしてししょーがししょーなのか、どうして弟子が弟子なのか考えてくれましたか」

 変わらない可愛らしい声に、私は視線だけを返す。

「ヒントですよししょー。師匠と弟子。先生と生徒。親と子。まあ呼び方はなんでも良かったんです。解きたいと思うこと、正しく当て嵌めたいと思うことそれが重要でした。固有の名前があるより、役割だけの方が不思議がるのは習性ですねきっと」

 弟子は言葉を続ける。

「ヒントと言いましたが答えなんてないんです。名前なんてないんです。過去も未来も持たない僕たちが外と繋がる方法。それはししょーの気持ちです。解きたい、正したい、終わりたくないと思えば思うほどその気持ちは外と繋がり、僕たちという概念はより確かなものになれます」

 何を言っているんだろう。この子は、あれ?この子は、私は。

「さ、もう終わりです。次の周回も頑張りましょうね」

 目の前の男の子はにこりと笑う。手にはいつの間にか本を持っている。見覚えのある本の気がした。タイトルが目に入る。

『本を隠すなら枕の下』


 ぷつり、何かの終わる音がした。

 今の私にはそれが最後だった。


 

 

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