第6話 彼女が冒険者を辞めた理由(ワケ)
クロガネが目を覚ますと、上にのしかかっていたマコモはすでにいない。起き上がってベランダに出ると、彼女がクロガネのシャツを着てヨガをしていた。特に驚くべきことでもなし、元冒険者であり、元武闘家であるマコモの、朝のルーティーンである。
「……おはよう」
「あ、起きた」
このルーティンをクロガネが初めて知ったのは、彼女として冒険者パーティを組んでいた時だ。大体、10年くらい前だろうか。
そもそも、クロガネが冒険者として、一番長くパーティを組んでいたのが彼女だ。最初は別々のパーティだったが、仲間が増えたり減ったりを繰り返して、気づけば一緒のパーティで、共に前線に立っていた。クエストで死にかけたりもしたり、なんだったらダンジョンにも一緒に潜ったりしたものだ。
だからこそ、彼女から引退を告げられた時は、ひどく驚いた。
「……なんで?」
「……もう、アンタに着いていける気がしなくてね。この間のダンジョンアタックの時も、足引っ張っちゃったし。……正直、これ以上潜ったら、死ぬ気がするのよ」
「……やめて、どうするのさ」
「――――――私、考えがあるの」
そう言って、マコモは冒険者を辞め、ハザマの下で助手として働き始めた。
マコモは武闘家として、相手の身体を破壊する技に長けていた。
それは逆に、患部がどのように悪いかを探る、医術に近い分野でもある。
当時から通っていたハザマに仕事を手伝わされた時、気づいたのだそうだ。
――――――自分の技は、戦う以外にも価値があるんだ。
もともと学がないからと、なし崩しでやっていた冒険者。マコモに未練はなかった。
「今度から、アンタがけがしたら、私が治したげるよ。骨接ぎ専門だけど」
「ええ……」
当時、診療所で働き始めたマコモに、クロガネは戸惑うばかりだった。
最も、それから、しばらくして自分も、冒険者を辞めたわけだが――――――。
(――――――言い方、パクったの気づいてんのかな)
正直、マコモが辞めた時、自分が冒険者を辞めるなんて、かけらも考えていなかったのだが。ある意味、彼女が冒険者を辞めた後の人生を見せてくれたおかげで、「金貸し屋」を始められた、とも言える。
(……感謝はしてるよ、多少はね?)
冒険者を辞めるとき、不安がなかったかと言われれば嘘になる。人生は冒険者を辞めた後の方が長いのだ。今まで血なまぐさいところで生きてきた自分に、できることなんてあるのかと、漠然と思っていた。
だが、彼女が冒険者を辞めていたことも、踏ん切りをつけるきっかけの1つであった。
クロガネはポーズをとって座るマコモを見やりながら、さっさと朝食の準備を始める。自分は社長出勤だからまだいいが、彼女はおそらく早く出ないと遅刻する。
ベランダから戻ってくる頃には、パンとソーセージがテーブルにすでに用意してあった。
「……野菜は?」
「作ってあげるだけありがたいと思ってよ」
「冗談、冗談」
手を合わせて「いただきます」というと、本当にあっという間に食べてしまう。そして、身だしなみを整えて、トレードマークのお団子ヘアーを作ると、すっかり診療所の助手の出来上がりだ。
「……んじゃ、行ってくるね」
「ん。行ってらっしゃい」
マコモが部屋を出て、クロガネものんびりと支度を始める。
彼女を見て冒険者を辞めたが、自分の時間を自由に使えない雇われは考えなかった。彼は金には厳しいが、自分の時間の使い方はひどくルーズなのだ。
********
「おはよーございまーす」
「おう、おはよう。……ん?」
ハザマは、出勤してきた助手の、普段とは違う点に首をかしげる。
「マコモ、お前……」
「ん? どうかしました?」
「ああ、いや……」
なんだか、肌つやがいいような。……あと、若干酒の香りがする。酒臭いほどではないが、鼻の良い患者ならほのかに感じる程度に、だが。
「……ま、リフレッシュは大事だわな」
「?」
ハザマの呟きに首を傾げつつも、マコモは指をぽきぽきと鳴らして、診療所の奥へと進んでいく。
今日も、文句を言いながらたくさんの患者が来ることは、明らかだろうから。
********
「おはよーございまーす」
「おはよ、シャチョー……!?」
クロガネが出社した途端、アドは非常に渋い顔をした。
「……え、何?」
「……シャチョー……昨日、
「はぁ?」
怪訝な顔をしてデスクに近寄ったクロガネに、たまらずアドは鼻をつまむ。
「……乳臭いよ、シャチョー!」
「ちち……?」
結局アドはこの日、クロガネとは常に一定距離を置いていた。なんだったら、利息を払いに来た債務者たちも、クロガネから香る乳の匂いに顔をしかめていたくらいだ。
「……なんだよもう、みんなして」
クロガネには、全く身に覚えがなかった。
<第6章 看護師マコモ 完>
Grandia Days ~悪党の街グランディア~ Season2 ヤマタケ @yamadakeitaro
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