第5話 酒盛りの時間
「正直さ、アンタが注射程度で病院嫌がるとは思えないのよねェ。絶対、あの時の処置のせいでしょ? 診療所来るの嫌がるの」
「そうなのかなあ……」
マコモとクロガネは、酒を飲みながら話している。普段は酒を飲まないクロガネだが、誰かと一緒であれば酒を飲むのも吝かではないタイプだ。今回は、マコモに「飲むぞ!」と誘われて、ともに酒を酌み交わしている次第である。
ちなみに場所はどこかというと、クロガネの自宅であった。互いの格好も、仕事着ではなく、リラックスのできる布の服である。
診察も終わり、経過も「異常なし」で帰り、「金貸し屋」としての仕事を終えて、部屋に着いてさあどうしよう、というときに、いきなり来訪するのだから、本当に困る。まあ、晩飯を持ってきてくれたのはありがたいけれども。
「……患者さんから聞いたわよ。アンタ、オーガの集落潰してきたんだってね?」
「え? ああ、あったな、そんなこと」
思い出すクロガネの胸倉を、マコモは引っ張って、ぐい、と引き寄せた。彼女の豊かな胸がクロガネの胸に押しあたるのも気にせず、顔を近づける。クロガネは、彼女の酒臭さに顔をしかめた。
「……まさかとは思うけど、剣なんか振ってないでしょうね?」
「はははは、さすがにしないって。オーガの相手は、結局アドがやったし」
「――――――若干、嘘」
クロガネが嘘をつくときの癖を、マコモは知っている。この男、子供のころから、嘘をつくときに右の中指で人差し指を触るのだ。
「……1匹くらいは、相手したかな?」
「左腕は……」
「つ、使ってない使ってない! 右手だけだよ、ホントに」
じ――――――っとクロガネを見やる彼女の目は据わっていた。クロガネも、どうやら嘘はついていない。そもそもオーガとは、片手で相手するような魔物ではないのだが。
「……そ。ならいいわ」
マコモはそう言うと身体を伸ばして、クロガネのベッドに入ってしまった。
「ええ、ちょっと!?」
クロガネが何か言う前に、マコモはすっかり寝息を立ててしまっている。
「……参ったなあ」
寝床を取られたクロガネは、ちらりと時計を見やる。寝るにはまだ早い時間だった。
普段だったら、特にすることもないので、もう寝てしまってもいいかな、となったりもするのだが。
クロガネの部屋には、最低限の家具(しかもベッド取られた)くらいしかない。元々倹約家のクロガネには、家の中で何か贅沢をするという発想がなかった。
眠れない夜、普段みんな何をしているのだろうか。
ちらりと、眠っている幼馴染を見やって、クロガネは頭を掻いた。
「……レグレットさんのところでも行こうかな」
あの人も独り身だし、どうせ家に居なければ歓楽街だろう。あまり深酒さえしなければ、明日の仕事にも影響ないくらいに時間はつぶせる。
(……いっつも押しかけられてる側だし、たまには押しかけてもいいよね)
そう思い、外に出ようと、クロガネが服に伸ばした手は、力強くつかまれた。
「え」
パッと見ると、マコモが恐ろしい貌でこちらを見ている。
「――――――どこ行くんだ、お前」
「え、いや、ちょっと、外に……」
「……ケガ人なんだからとっとと寝てろやぁ!!」
マコモはクロガネを引きずると、ベッドに放り投げた。そして、意識を失ったかのように、クロガネの上に倒れこむ。
「ぐへっ!」
ほろ酔い状態で、しかも結構体力を使わされたクロガネに、このボディプレスは致命的だった。圧迫される体に不快感を覚えたまま、意識を手放す。
2人はそのまま、気を失ったように朝まで眠った。
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