第4話 彼が冒険者を辞めた理由(ワケ)

「……いや、ホント、なんでこんな状態で左腕動かせるんじゃお前。骨とかもないのに」

「なんでだろう。……筋肉?」


 のんきに答えるクロガネに、傷を診ていたハザマは溜め息をついた。


 クロガネがこんな大ケガを負ったのは5年前。彼がまだ、冒険者だった頃の話だ。


 担ぎ込まれるわけでもなく、クロガネは普通に、ダンジョンから帰ってきて、まっすぐに診療所へとやってきた。


「――――――ちょっと、ケガしちゃって。診てくれない?」


 今とは違い、血まみれで、右肩に大きな袋を抱えてはいたが。その傷を見た時、ハザマは目を見開き、マコモは失神しかけた。


「こ、これは……!」


 傷口からは剥き出しになった血肉が血液を噴き出していた。これだけの出血で、ダンジョンから街まで、歩いて帰って来たのか。普通なら出血多量で死んでいる。


「い、痛くないのか!? お前!」

「痛いに決まってるでしょ。だから診療所に来たわけで」


 クロガネの顔色は出血のせいか、青ざめてはいる。だが、目に涙を浮かべたり苦痛に顔を歪めたり、というものはなかった。いつも通りの、笑顔である。


 だが、見ている方は気が気ではない。なにしろ、今すぐ出血多量で死んでもおかしくない重症だ。


「とにかく、血を止めるために傷をふさぐ。……こいつはもう、治癒魔法を使うしかないな」


 ハザマは基本的に、回復魔法は、使えるが敢えて使わない。回復系の魔法は、下手に使うと、逆に命を縮めてしまうからだ。


 回復魔法とは、要するに寿命の前借まえがりだ。回復量は使い手の魔力によるのだが、肝心の回復とは、負傷した本人の治癒力によるもの。つまり、半死半生の傷を回復させようものなら、おそらく5~10年くらいは寿命が縮むのではなかろうか。なので、よほどの緊急でない場合を除いて、回復魔法を使うのは躊躇われる。ダンジョン内ならともかく、少なくとも街の診療所で使うことはまずない。


 そんな回復魔法を使わないと、クロガネは死ぬだろう。それほどまでの重症度と緊急度だった。


 魔力の補給のために、ハザマは魔法薬マジック・ポーションを、一息に飲み干した。


「……よし、じゃあクロガネ。お前さん、思いっきり泣き叫べ」

「へ?」

「マコモ、こいつを泣かせろ。痛みでな」

「わかりました」


 クロガネを診察台に寝かせて、ハザマは体内の魔力を練り始める。

 一方マコモも、クロガネの側で気を練り始めた。


「え、ちょっと? ねえ、泣き叫ぶって、どういうこと」

「……生物が痛いときに泣くのはね、必要だからなの」


 痛みを感じた時に涙を流して叫ぶと、リラックスしたり痛みを和らげる効果がある(ハザマ談)。加えて、自然治癒を促進する効果もあるそうだ。


「だから、アンタを思いっきり泣かす。その方が、アンタの寿命の消費も少なくて済むのよ」

「ええ……?」

「どーせアンタの事だから、カッコつけて泣けないだけでしょ? 心配いらないわよ。ほら」

「もがっ」


 マコモはクロガネの口に、布を噛ませた。そして傷口の近くに手を当てると、自らの身体を揺する。肩の力を抜き、呼吸を整え、目を閉じた。


「――――――――――――ふっ!!!」


 マコモにも、医術の心得はある。それは医学の専門的な知識とは異なり、主に人体についてだが。


 マコモ自身もかつては冒険者であり、女武闘家として暮らしていた時期もあった。己の実力不足を痛感し、引退した身ではあるが、体内の魔力を練り上げて武術に乗せる拳法の訓練は、習慣となっており怠ってはいない。


 習得した技を戦闘以外の何かに活かせないか。それを考えた末に彼女が考えたのが、医療の道である。この技も、そんな「治療」の一つ。

 

 発勁の要領で、傷口周辺に練り上げた魔力を流し込む。流し込まれた魔力は、傷口周辺を流れ、大いに刺激した。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!」


 クロガネの細く開いた目から、涙があふれ出る。くぐもった叫びとともに、彼の身体が大きく跳ね上がった。それを、マコモは力づくで押さえ込む。

 同時に、ハザマは治癒魔法を左肩の傷に当てる。薄い白色の光に包まれ、剥き出しになった血肉が、音を立てて固まり始めた。血液を凝固させ、これ以上の出血を防ぐためである。


 処置自体はものの20分程度である。だが、3人には非常に長い時間のようだった。


「……っ! ……っ!」


 びくん、びくんと身体を痙攣させながら、クロガネは息を荒げている。これ程の痛みでも、気絶しないのは、さすがクロガネと言ったところか。

 肩の傷の出血は治まり、命もある――――――だが、3人はすっかり疲れ切っていた。特にハザマは、少ない魔力で重傷をに対し治癒魔法を使ったことで、すっかり疲労していた。当時にして年齢70歳の、魔力の少ないジジイが、本来扱うようなケガではなかった。


「……お前、そんな腕で、これからの仕事どうする気じゃ」

「……考えが、ある」


 その日、クロガネは来た時よりもよろめきながら、街の中へと消えていった。


 ――――――それから、数日後。グランディアの街最強のSランク冒険者、「魔斬まぎりのクロガネ」の引退は、一躍大ニュースとなった。

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