第3話 傷痕
(……アイツら、遅いな……)
あの患者の事だから、どうせ適当な理由をつけて帰ろうとしているのだろうが。それを許すような女でもないからな。道中でもめているのは明らかだった。
ま、そのうち来るだろう。
診療所の外来の受付は打ち切っている。何せ、これから来る患者は、とってもヘビーな内容なのだ。
英気を養うために、ハザマはサボってお茶を啜るのに全力を注いでいた。
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「――――――だから、早く来なさいって言ってるでしょ!」
「嫌だ! アドがレグレットさんにちょっかいかけられるかもしれない! 僕帰る!」
「あのオジサンだって、そんな命知らずなことするわけないでしょ!」
クロガネは建物の壁に引っ付き、マコモはそれを必死に引っぺがそうとする。なかなか剥がせないのは、クロガネの体幹がマコモよりも優れていることを如実に表していた。
「……だ――――――っ! もう! 駄々こねんじゃないわよ――――――っ!!」
マコモの叫びが、グランディアの曇天にこだました。
結局、普通なら歩いて20分ほどの診療所に、2人がたどり着いたのは2時間後の事である。
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「……いや、来るの遅すぎじゃろ、さすがに」
「すいません」
ハザマはすっかりあきれた様子で、ボロッボロになったクロガネとマコモを見やっていた。
よっぽどクロガネが抵抗したのか、互いの服はなかなかに乱れている。
「……イチャついてた?」
「違います!」
「冗談じゃ。脱ぐのは今からよ。ほれ脱げ」
ハザマに促されて、クロガネは服をしぶしぶと脱ぎだす。
露になったクロガネの身体に、マコモは思わず顔をしかめる。
この定期検診は、彼女にとっても気が重いものだった。その理由は――――――。
「いやあ、最近は痛みも感じないですから、そろそろいいんじゃないかと思ってんですけどねえ。仕事に支障出るし」
「アホ抜かせ。こんな状態、ほっとけるわけないじゃろ」
クロガネの左肩には、大きく抉れた傷痕があった。左肩の上部分――――――上腕二頭筋にあたる部分がほとんどなくなっており、そこに左腕がかろうじてくっついているような状態。まともに動くかも怪しい左腕は、右腕と比べて明らかに細くなっていた。
筋肉とか、骨とか、そういう次元ではない。何しろ抉れた向こう側の景色も見えるのだ。
だが、当の傷を持つ本人は、へらへらと笑っている。
「まー、5年もこれと付き合ってるとね。慣れますよ。さすがに」
「こんな傷慣れるわけないだろ。いつ左腕がちぎれてもおかしくないんだぞ」
「えー、でもぉ」
「でもも何もない!」
ハザマに言われ、クロガネは並行してしまう。助けを求めるようにマコモを見やったが、マコモだって当然、ハザマ側の人間だ。
「……日常生活なら、普通に使えるのに……」
「それがおかしいから、こうして診てるんでしょうよ……」
至極当然のようにつぶやくクロガネに、マコモはただただ呆れるしかなかった。
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