第2話 通院渋る「金貸し屋」
「――――――はい、金貨5枚ね」
机の上に置いた金貨を、『クロガネローン』社長のクロガネは目の前にいる男に差し出した。
「あ、ありがとうございます!」
「利息は――――――金貨2枚と、銀貨5枚。じゃ、10日後に」
手をひらひらと振って、出て行く男を見送ると、彼は溜め息をついた。
「は――――――。冒険者、来ないなあ……」
クロガネはこの街の「金貸し屋」だ。違法である民間の金貸し屋である彼は、冒険者に金を貸して出世払いしてもらうことを夢としている。
だが、現実は厳しい。今来た男は、街でしがない屋台を経営しているおじさん。クロガネの希望する冒険者と言えば、ちゃんとルールを守って冒険者ギルドの融資制度を受けるのがほとんどだ。
仮に、冒険者が来るとしても、最近はギルドの融資も受けられなくなってしまった、はみ出し者ばかり。
(――――――アドの集金も、大半が冒険者なんだよねえ)
最初こそ
なんだかブルーな気持ちだ。ふと、窓の後ろの曇り空を眺める。なんだか自分の心を覗かれているようで、クロガネは若干腹が立ってきた。たかが空相手に。
いい感じに、金を借りてくれる新人冒険者とか来てくれないかなあ。そんなことを考えていると、会社のドアが開いた。
新しいお客さんか、と思ったクロガネの若干の期待は、すぐに消え失せる。
「よう、金貸し屋」
常連の憲兵、レグレットのお出ましである。クロガネのテンションは地に落ちた。
「……はい、金貨3枚ね。利息は銀貨9枚。じゃっ」
「待て待て待て待て。いや、確かに金借りに来たのは事実だが」
あまりにもぞんざいな扱いに、さすがの悪徳憲兵も苦言を呈した。金貨を懐にしまいながら、苦々しげにクロガネを見やる。
「今日は言伝に来たんだよ」
「言伝?」
「藪医者からだ。そろそろ顔出せってよ」
悪党が集結するダンジョン都市、グランディアにも医者はいる。特に、ダンジョン都市なんてケガ人がいくらいても足りないくらいだ。
とはいえ、治安の面から、グランディアに好んで行きたい、なんて物好きな医者もそういるわけもなく。
結果、グランディアでまともな医療機関と言えば、「藪医者」が経営する小さな診療所のみであった。
「……あー、そんな時期かあ」
「こないだ、外来に行ったときに頼まれてな」
レグレットはこの診療所の常連だ。ケガではなく、性病だが。以前酒場のお姉ちゃんにちょっかい出してもらってしまったものを、まだ引きずっているのだ。
「んじゃ、用件も済んだし、帰るわ」
「いや、仕事に戻りなさいよ。まだ
そう言って出て行くレグレットの背中を見送り、クロガネのテンションはさらに下がった。
「……嫌だなあ、病院行くの……」
「金貸し屋」社長のクロガネは、病院が大嫌いなのだ。
********
『クロガネローン』は街の中心部にあるので、診療所への移動にはそこそこに時間がかかる。クロガネは街をぶらぶらと散歩しながら、その足取りがだんだんと重くなるのを感じていた。
「……あー、やっぱ嫌だなあ」
なんでこんなに自分は病院が嫌いなのか。たぶん、注射だろうな。わざわざ体に針をぶっ刺して、血を抜くなんて人間のやることではない。もっとこう、吸血鬼とかそういう奴の所業だろう。
どうしたもんか、やっぱ帰ろうかな。アドに会社番を任せてはいるけど、あの暴力娘に任せるのは、色々心配だし……。
(……よし、帰ろう!)
決意したクロガネが踵を返そうとしたところで、彼の右腕が柔らかい感触に包まれる。
「……ん?」
ぱっと振り向くと、彼の右腕は、服の上からでもわかるほどの大きなおっぱいに挟まれていた。そして、おっぱいから抜け出せないように、がっちり腕でホールドされている。
そして、クロガネの右腕をがっちりつかんでいるのは、お団子ヘアーの女性である。
「……なに帰ろうとしてんの」
「いやいや、勘弁してよぉ。注射嫌なんだよぉ」
女性は、クロガネをじっと睨んでいる。彼女もグランディアの女らしく、その目つきはなかなかにキツい。
そして、彼女の事を、クロガネは知っている。
「先生が、『アンタは絶対に途中で帰ろうとするから、迎えに行け』って」
「よくわかってるなあ、先生も」
あの藪医者とも、クロガネは長い付き合いである。彼がハザマを「藪医者」と呼ばない理由は、クロガネはグランディアの患者の中でも珍しく、「言うことを聞く」からだ。
「ほら行くよ。今日は採血ないから。安心しなさいって」
「ええ~、でもぉ、アドが心配だし……」
「いい年こいて子供みたいなこと言うな」
おっぱいに挟まれた腕を引きずられながら、クロガネはマコモにずるずると病院へ運ばれていくのだった。
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