4.リリイのこと

 打ち上げ失敗から二週間。何のやる気もせず、俺は部屋のベッドに横たわっていた。ああ、今日ももうこんなに日が高い。大学に行くでもなく、打ち上げ準備をするでもなく、ただただ惰眠をむさぼっていた。

 ベッド脇に転がるペットボトルを拾い、中身を口に流し入れる。これいつからあったっけ……まあいいや。

 習慣から、寝たまま指が勝手にSNSでエゴサーチする。

『最近花火上がらないね』『ジェット捕まったんじゃね?』『つまんね』……こんなコメントばっかだ。

 だってやる気出ねえんだからしょうがないだろ……大体お前らのために上げてんじゃねえんだよ。

 溜息と共に携帯を伏せる。あれだけ心血注いでいた打ち上げも、何だか遠い過去の事のようだ。俺が楽しいからやる。楽しくないからやらない。シンプルで良いじゃねえか。

 その時、掌の中で携帯が短く震えた。メッセージの受信か。

『飛ばないの』

「……何だよ、今さら」

 久方ぶりのリリイからのメッセージ。もう見るのも億劫おっくうだが、仕方なしに指が返信する。

『やる気ねえ』

 画面の向こうで溜息でも吐いてそうな間が一瞬あり、返事が来た。

『こないだ』

『ごめ』

『気にさわ』

『た?』

 何か不自然に途切れ途切れだ。いつも短文で送ってはくるけど、こんなに読みづらかったことは無い。

『別にもう良いけど。長いこと無視しやがって。てか何で細切れなんだ?』

 リリイのメッセージは十数秒開いて返ってきた。

『ゆび』

『うごかな』

『音声にゅうりょ』

『してる』

 指が動かないってどういう事だよ。俺はベッドから起き上がって腰掛けた。メッセージは続く。

『身体よわ』

『くて』

『もうしばら』

『一人で立て』

『ない』

 ひとりで立てない?そんなの初めて聞いたぞ。

『もしかして今までずっとそうだったのか?初耳だぞ。何で言わねえんだよ』

 矢継ぎ早にメッセージを送った。

 ……いや、何で言わねえんだよじゃねえな。俺がリリイのことを知ろうとしなかっただけだ。

『むかしか』

『いつも息』

『くるしくて』

『あるいた』

『走ったりでき』

『なかた』

『しょうらい』

『とかな』

『いと思ってた』

 文面の途切れ方から、今も息を切らして喋る少女の姿が目に浮かぶ。

『分かったから、もう喋るな。無理すんな』

 俺の返事とほぼ同時にメッセージが届いた。

『ずっとうらやまし』

『かった』

『自由にと』

『んだり走ったり』

 黙って画面に浮かび上がる文字を目で追う。そんな風にいつも見てたのか、リリイ。

『とんで』

『かわりに』

 飛んで。代わりに。いつもの彼女の声で脳内再生される。それきり、メッセージの更新は無かった。俺は画面から目が離せず、ただじっと短い文字を見つめていた。



 そもそも何で花火を打ち上げようと思ったんだっけ。記憶の奥底に潜って、古い古い思い出を呼び覚ます。

 初めて花火を作った幼い日。指を真っ黒にしながら、一緒に火薬を詰めてくれた花火師ファイアワーカーの爺ちゃん。二人で和紙を貼った五号玉は、夏の夜空に弾けてきらめいた。ふと横を見ると、嬉しそうに孫との合作を見届ける爺ちゃん。父さんと母さんも綺麗だと褒めてくれたっけ。

 そうだ。この顔だ。たったひとりでも、誰かがこうやって笑ってくれたらいいと思って始めたんだ。

「……何で忘れてたんだろうな」

 俺はようやく、ベッドから立ち上がった。

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