3.単独飛行

 電話での喧嘩から一週間。相変わらずリリイから連絡は無かった。まだ怒ってんのかよあいつ。

 自宅兼工房で俺は、朝から新しい花火玉に火薬を詰めながらイライラしていた。かたわらには打ち上げを待つ大小様々な花火玉が転がっている。

 本当にひとりで飛んでやろうか。リリイがいなくたって、別に飛んじゃいけない訳じゃないし。暗視ゴーグルとニトロシューズと火筒ランチャーさえあれば、あとは俺の身一つでいつでも空を飛べる。

「やるか。今夜」

 決めた。そうと決まれば準備だ。

 試したい花火玉を火筒にセットする。大玉花火はどのポイントに仕掛けようかな。いつもはリリイがリサーチした穴場に設置してるが――いや、今日は好きな所に設置してやる。

 コースは前に飛んだ場所と設置ポイントを線で繋いで、脳内に思い描く。

 道順ルートを考えていると、宙に身体を投げ出す感覚を背中が思い出してゾクゾクする。久しぶりの打ち上げだ。ポケットからラムネを取り出し、口に放った。ブドウ糖の甘さが脳内に駆け巡る。

 俺は迫り来る夜に向けて、急いで準備を進めた。



 月が昇り始めた宵。坂の上に立ち、出発の準備をする。暗視ゴーグルのスイッチを入れる。視野は明るくなったが、いつもリリイが送信している道順やその他の項目は表示されない。

「風よーし、雲よーし、航空機よーし」

 空を指差し、ラムネ容器を傾けて粒を口に放った。しゃがんでクラウチングスタートの態勢をとり、シューズのスイッチを入れる。

 ここまでひとりで準備しているが、残り時間タイムリミットの宣告がないだけで何だか調子が狂う。

「……いや、やるって決めたろ」

 両頬を叩き、目的地の街灯りを見据える。心の中で3・2・1と数え、暗闇へ駆け出した。

「うおっ!?」

 突如、坂の下から乗用車のヘッドライトが迫ってきた。その場で跳躍ジャンプし、車の屋根を踏み越える。あっぶね……。その勢いのまま、塀、電柱、と飛び石のように飛び越え、屋根伝いに街を目指していく。狙った道順ルートじゃないからか、うまくスピードに乗れない。

 何とか最初のポイント、小学校の屋上に辿り着こうとした、その時。

「来たぞ!」

「あいつが……!」

 屋上の打ち上げ装置周辺には複数の警官が張っていた。マジかよ!勘付かれてたなんて知らねえぞ!

 慌てて柵を踏み越え飛び降りる。スイッチは押せなかった。

「クソ……」

 校舎の壁を蹴って落下の勢いを殺し、桜の木の枝に飛び乗り――派手な音を立て、太い枝が折れ、俺も諸共もろとも落下する。

「痛ってえ……」

 腰を強く打ち、すぐに立ち上がれない。死ななくて良かった、本当に。

「あっちに落ちたぞ!」

 屋上から、警官の声が聞こえる。懐中電灯の光がこちらに向かって来ていた。

「ああもう……」

 俺は痛む体を引きり、何とか校舎を後にした。口の中にあったはずのラムネは、落下の衝撃でどこかへ飛んでいってしまった。


 その日、街に花火はひとつも上がらなかった。

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