第1話

「チックショー!」


伊勢海は激怒した。必ずかの変態木こり狩人狂人に天罰が下ることを、いるのか分からぬ神に祈り倒すほど激怒した。

伊勢海は神を信じぬ。しかし、祈るのはタダなので祈っていた。全力疾走しながら。


風のように駆け、狂人から距離を離す。


掛け布団をぐるぐるに巻き付けたミノムシスタイルでありながら、木々を避け岩を駆け上がり尋常ではない速度で駆ける女。

紛うことなき変態である。物の怪の類かもしれない。


しかし、真の変態(狂人)に遭遇したばかりの彼女にそれを気にする余裕などなく、

恐るべき脚力で道なき道を爆走。


すると、どうやら森を抜けたようで目の前が開ける。

日が落ち、木の影が伸び始める未舗装の道を相も変わらず疾走し続けた結果、村に辿り着いた。

手近な木造の家に駆け寄り、滅茶苦茶に扉を叩く。


「助けて下さい!だずげてぐださ"い"!!!」


今頃になって恐怖が浸透してきた伊勢海は、穴という穴から水分を放出しながら助けを求める。

家の奥からパタパタと急いで家人が玄関に走り寄る音。


ガチャリ、扉が開かる。


「どうしまキャーッ!」


唐突な絹を裂くような叫び!慄く伊勢海!怯える家人の女性!


それもそうである。

森を全力疾走した伊勢海は枝やら土やら葉やらに塗れ、まきつけた掛け布団の隙間から覗く顔は恐怖により歪んでいる。


さらに黄昏時の薄暗い光に落ちるミノムシの長い影。その、人ならざる様。

悪魔か化け物だと見違えるのも仕方がない。


女性の悲鳴を聞きつけた家の主人が、化け物(推定)の顔面にパンチを叩きこむこともまた、仕方がなかったのだ。




◇◇◇◇




「誘拐か」


化け物(伊勢海)は目を覚ましていた。

年代を感じさせる茅葺き屋根のある石と木の一軒家。

横たわるベットは布の下が藁なのか、カサカサとしている。


鼻の下のパリパリガサガサとしたなにか剥がれる感触、鈍い痛み。

夢というにはあまりに生々しい感覚。


伊勢海は、夢じゃないという現実を受け入れた。


「ここどこ…。」

「ターニップ村の私と夫のお家よ」

「ヒエッ」


ベット脇の椅子に腰かける、伊勢海を見て悲鳴を上げた女性がそのように答えた。

その後ろには件のパンチマンがおり、思わずビクつく。


「その、さっきはごめんなさい。化け物の類かと思って…。」

「あっ…いいえ、こちらこそ突然すみません」

「あなた」

「すまん」


勘違いで顔を思いっきり殴ってしまったことに対し謝罪をする女性とパンチマン。

女性の名はアマンダ、パンチマンはアマンダの夫でベンと紹介される。

ここ、ターニップ村で二人静かに暮らしているという。


伊勢海も名乗ったが、発音しにくいようだったので妥協した。


「なにか助けが必要でここへ?」

「変な人に森で襲われたんです!こう、斧で、ガンッて」

「…野盗かしら?ここらにはいないと思ったけど…大変だったわね。無事に逃げ切れたのは幸運よ」


ふと、まじまじと夫婦を見て気が付く。

風貌や名前を聞くに明らかな外人だ。アマンダの顔と違い伊勢海の顔は薄すぎた。

おまけに、古風な衣服を着ている。まるでおとぎ話の世界に迷い込んだように。


伊勢海は自分のあまりの場違い感に狼狽える。


そういえば、最初の狂人も外人のようだった。

ここは外国のどこかなのだろうか。

それなら何故日本から遠く離れた地に自分はいるのか。


何故、彼女らは日本語を話し伊勢海の言葉が通じているのか。


伊勢海にはわからないことばかりであった。


「これどうぞ」

「はい?」


渡されたのは濡れた布切れ。これをどうすれば。顔でも拭けと?

ゴシゴシと顔を拭いなんとなく布を確認する。


黄土色の布切れが赤茶けた色で汚れていた。


思わず鼻に手を当てる。

どうやら血はもう流れていないようで安心して息を吐く。


汚れた布を返すと、アマンダは水が入ったバケツで血を擦り落とし始める。

血まみれの顔を拭けるよう布を寄越したようだ。

ふと、首を引き服を確認する。

残念ながら自前のパジャマは血濡れのスプラッタ。


「あのぅ…申し訳ないんですが、お願いがあって…」

「なにかしら?」


「替えの服、いただけませんか?」

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まきこまれ系現代日本人が行く!~楽しい異世界生活~ おいしいキノコ @oishikinoko

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