まきこまれ系現代日本人が行く!~楽しい異世界生活~
おいしいキノコ
プロローグ
突然だが異世界トリップというものはご存知だろうか?
所謂、少女が不思議な世界へ迷い込む児童文学的な現象のことを言うらしい。
迷い込んだら最後、自分だけじゃ帰れないお約束のアレである。
さて、ここに一人の女がいる。
正確には布団一式とそれに寝そべる女。
彼女は何の憂いなく、いつも通り布団に入りいつも通り就寝したはずの現代日本人である。
しかし、悲しいかな。
見覚えのある天井はそこにあらず。あるのは鬱蒼とした森のみ。
どう見ても誘拐です。本当にありがとうございました。
理不尽にも異世界トリップされた女、
◇◇◇◇
「噓でしょ。ここどこなんですかね」
数分か数時間か。
のんびり思考停止した後、突然我に返った伊勢海は現状に焦り始めた。
慌てて身の回りを確認するも文明の利器は見当たらず。
所持品はパジャマと布団一式、地面にポン置きされた年季の入った見慣れた靴。
現状だけを鑑みるならば紛れもなく誘拐である。
誘拐…恐ろしいことだ。伊勢海は震えた。
だが、待って欲しい。
伊勢海は誘拐されるようなことをしたことも、誘拐するほどの価値がある女でもない。
そもそもこのような事態有り得べからざること。
と、するとあり得るのは…
「夢か」
明るい笑顔でそう結論付けた彼女に訂正するような者はおらず。
人っ子一人いない森の中。
薄暗い木々の隙間を何かが通った気がするが、見なかったふりを決め込みこれは夢だと暗示を掛け、空元気で声を張り上げ勇気を奮い起こす。
「さむ~い!夢のくせに寒いとか生意気だわ~。にしてもこんな森、テレビくらいでしか見たことないや。わっあそこキノコある!いいねぇ雰囲気あるじゃん」
冷気に体をブルリと震わせ、なんとなく目についた暗闇が動いた気がして怯える。
そのまま眠る気にもならず靴に足を通し立ち上がり、掛け布団を器用に体に巻き付けてうろうろと散策を始めた。
森にはうっすら霧がたちこめ始め、心なしか先程より肌寒く感じ、湿ったヒンヤリする空気が広がる。
「おい」
突然のエンカウント。伊勢海は汚ったねぇ悲鳴を上げ飛び上がった。
「ホゲェッ!?だっ誰です!?」
「やっぱり人間か。ミノムシのバケモンじゃなくてよかった」
「人間ですよ」
「迷子か?」
「アッはい。ハッ!そうです!助けて下さい!!」
なんと、渡りに船。
親切な人と偶然出会うことができたようであった。伊勢海は喜んだ。
「へえ、そうかい。じゃあ道教えてやるよ」
「ありがとうございます!」
「ついてきな」
伊勢海は喜んだ。大層喜んだ。
なんせ森に一人でポツンである。人恋しくなり始めていた。もちろん親切な人にノコノコとついていく。
「その腰から下げてるのって斧ですか?もしかしてそれで木をこったり?」
「そんなもの」
「ほぇー!すごいなぁ。斧、初めて見ました!もしかして着てるの毛皮とかいうやつでは…?あっ!狩人だったり?」
「そんなもの」
野性味溢れる姿に矢継ぎ早に質問する伊勢海を男が適当にあしらいつつ、森の奥深くまで二人は立ち入る。
周りは既に薄暗く、霧も立ち込めていて視界が悪い。
「ほら、そこのでっかい木の横をまっすぐ行きゃすぐさ。俺はやることあるからここでお別れだ」
「どうもありがとうございます!では、お気を付けて」
「あぁ。気を付けろよ」
礼を言い、ルンルンで男が示した大木横の少し開けた場所を進む。
ふと視界に白いものが映り木の根元を見ると、象牙のように白い陶器のようなものが土から突き出ている。
何と無しに流れるように幹へ視線を移す。
目線の位置に木本来の色合いより濃い黒っぽい染みと、中心につきたてられたナイフに提げられたきらりと輝くネックレス。
掻き毟るように幹へ刻まれた、無数の爪の跡。
ホラーかな?
ヒュッ
腰を折りさらに近くで確認しようとした伊勢海の頭の真上。
上半身があった辺りに風を切って刃が素通りし、勢いよく木の幹に打ち付けられる。
弾ける木片、斧を振りかぶったであろう逞しい腕。
思わず地面に転がる獲物を見つめる、男の目。
「あともう少しであの世に逝けたのになァ」
伊勢海は逃げ出した。
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