ピアノエレジー ⌛
上月くるを
ピアノエレジー ⌛
住宅街から田園地帯に出る端の民家の横をいつも複雑な思いで通り過ぎるヨウコ。
今朝はその思いが格別だったのは、ピアノの鍵盤を模した看板が消えていたから。
――中高年の生徒さん、大歓迎!! (^^♪
数年前にその一行が付け加えられたとき、少子化の影響はこの教室にもと、相応にお歳を重ねられたであろう女性講師のふっくら笑顔に思いを馳せたのだったが……。
🌾
戦後社会がようやく落ち着きを取りもどしかけたころ、長女にピアノを習わせようと一念発起した農婦の母が探して来たのは、四キロほど離れた街の音楽教室だった。
といっても家には古い足踏み式のオルガンしかなく、キーの数が全然足りないし、その前に、指のタッチからしてもピアノとオルガンでは似て非なるものだった……。
そんな知識もない母は、貧農の十人姉弟妹の惣領だったため焦がれるほど向学心があっても上の学校に行かせてもらえなかった口惜しさを娘で晴らそうと懸命だった。
当時の母は娘を本気でピアニストにしようと考えていたのだろう、小学校から直行した音楽教室から帰宅すると、休む間もなくオルガンで復習させるのが倣いだった。
一方で、レッスン料の元を取ろうとセコイことを目論んだらしく(笑)、四つ下の妹のバイエルのレッスンを命じられたヨウコは、いやいやながら従うしかなかった。
その苛立ちは当然のごとく弱い者に向けられ、かわいそうに幼い妹は「同じことを何度も言わせないで!」「ばっかじゃないの!」ときには手の甲をピシッ……。💦
👧
家にオルガンしかない環境のせいにしてはいたが、じつは自分に才能がないことを一番よく知っているのはヨウコ自身で、いつしかピアノが大っきらいになっていた。
でも、教育ママのハシリだった母は決して諦めてくれず、ソナチネ、ソナタと教本が進むつど、どうやって見つけて来たのかレベルが上の講師に乗り替えさせられた。
――もういや、ピアノなんか、見るのも聴くのも触るのもいや!!"(-""-)"
宣言したのは高校二年生のときだったから、まあ、自分でもよく我慢したと思う。
しかし、当然ながら母の落胆はハンパでなく、そのときから母子間に溝が生じた。
🎹
にも関わらず、自分に娘ができると、なんの迷いもなくピアノを習わせた不思議。
どうしたDNAの繋がりか次女には天性の音感が備わっていてめきめき上達した。
一方、長女は母親のヨウコをそっくりミニ化したような大のピアノぎらいになり、学活が伸びただの、部活が忙しいだのと言い訳してレッスンをサボるようになった。
長女は念願どおり(笑)ピアノ教室をやめ、かたや次女は卒業式などで校歌の伴奏をするなどピアノを友に成長して、受験勉強の気分転換にもピアノを鳴らしていた。
🎒
冒頭に述べた鍵盤の看板が消えた民家は、娘たちがお世話になったピアノ教室で、お揃いのオカッパ頭に赤いランドセルを背負っていたころの懐かしい場所だった。
いまごろになってヨウコは悔いている、おかあさん、ごめんね、期待に添えずに。そのことで反発し、言い争い、そのうちに口も利かなくなり、不孝な娘だったよね。
金持ちの同級生が女学校へ進むのを、指をくわえて見ていなければならなかった。
その口惜しさを理解してあげるべきだったよね、わたしの凡才は別にしても……。
今度のお彼岸には、おかあさんが好きだった黄粉のおはぎを持ってお墓へ行くね。
やがて、わたしがそっちへ行ったら、あのころの思いたっぷり聞かせてね。('ω')
ピアノエレジー ⌛ 上月くるを @kurutan
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