王恭3  遠鄭聲

孝武帝こうぶていが死ぬと安帝あんていが即位、司馬道子しばどうしがその執政となるも、この際に王國寶おうこくほうを大いに可愛がり、大権を握らせた。王恭おうきょうはつねに厳しい顔つきでこの愚策を糾弾。司馬道子は大いに嫌がり、また忌々しく感じた。


王恭は山陵さんりょうに赴いたあと、朝廷より辞し、嘆息して言う。

「お国の大黒柱が新たとなったそばから、詩経しきょう黍離しょうり』、亡国の歌が漏れ聞こえてくるかのようではないか!」


対する王國寶まわりでは、王国宝の從弟である王緒おうしょが王恭を、司馬道子に引見するタイミングで暗殺すべきだ、と説く。王國寶は却下した。また司馬道子も朝廷の内外で連携が取れるに越したこともないと考えており、どうにか王恭を味方に引き入れたいと考えていた。この為これまで引きずってきたトラブルの数々を水に流してもらいたい、と願い出てくる。


とはいえ、王恭にとっては知ったことではない。王国宝を中枢に据えることそのものが害悪である。このため国政について言及するときは、例によって激しい口調での糾弾を続けた。司馬道子も、もはや協調路線を取ることは不可能であると思い知らされ、ついには暗殺計画を受け入れる。これこそが、東晋末の國難が立ち上がった瞬間であった。


対する王恭には、ある者が朝廷にて兵を立ち上げ、王國寶を殺すべきだ、と説く。しかしこの頃、庾楷ゆかいが王國寶らと結託しており、その兵力も侮れないものとなっていた。このため王恭はあえて立ち上がらず、いったん任地へと帰還した。


離別にあたり、司馬道子に言う。

「主上が知恵遅れでは、たとい伊尹いいん周公旦しゅうこうたんであっても、宰相の任を全うすることは難しかろう。ならばせめて貴方様があえて全権をお握りになった上で直言を受け入れ、浮ついた俗説を遠ざけ、佞人を追放なさるがよろしく思う」


その口調はやはり激しいものであり、このため王國寶らはいよいよ恐れた。王恭には安北將軍の将軍号が提示されたが、固辞した。




及帝崩,會稽王道子執政,寵昵王國寶,委以機權。恭每正色直言,道子深憚而忿之。及赴山陵,罷朝,歎曰:「榱棟雖新,便有『黍離』之歎矣。」時國寶從弟緒說國寶,因恭入覲相王,伏兵殺之,國寶不許。而道子亦欲輯和內外,深布腹心于恭,冀除舊惡。恭多不順,每言及時政,輒厲聲色。道子知恭不可和協,王緒之說遂行,於是國難始結。或勸恭因人朝以兵誅國寶,而庾楷党于國寶,士馬甚盛,恭憚之,不敢發,遂還鎮。臨別,謂道子曰:「主上諒闇,塚宰之任,伊周所難,願大王親萬機,納直言,遠鄭聲,放佞人。」辭色甚厲,故國寶等愈懼。以恭為安北將軍,不拜。


(晋書84-3)




親萬機,納直言,遠鄭聲,放佞人。

『論語』衞靈公 11。

顏淵問爲邦。子曰:「行夏之時,乘殷之輅,服周之冕,樂則韶舞。放鄭聲,遠佞人。鄭聲淫,佞人殆。」

孔子こうしていの音楽が浮ついていて、古き良き音楽を破壊する、と毛嫌いしていた、とするもの。転じて軽佻浮薄の言となるが、ここであえて遠と放をあべこべに用いてきてるのは親、納との押韻の関係なんでしょう。句の頭で韻を踏んで語気強くさせると、確かに圧力がえげつない。


■世説新語

「榱棟雖新、便有黍離之歎矣。」

傷逝17。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884883338/episodes/1177354054885730923

黍離は、麦秀とともに栄枯盛衰を語るにあたってのトップミームすぎて、中国古典系ではたいがい注がつかない。「さすがにここは知ってて当然だろ」レベルに認識される。残念っ! 通用しませんからっ!

自分たちもミーム運用に対しては、下手に通じると甘えすぎないようにしたいもんです。

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