王恭4  王国宝処断

これ以上、王国宝おうこくほうの好きにはさせられない。そこで軍を立ち上げ、王國寶誅滅を計画。殷仲堪いんちゅうかん桓玄かんげんのもとに使者を送り、ともに決起するべく伝えた。殷仲堪は、本心では乗り気でこそなかったものの表向き同調すると返答。この返信を見て王恭は大いに喜び、ついに王国宝糾弾の上表をしたためる。内容は以下の通りだ。


後將軍こうしょうぐん王國寶おうこくほうは姻戚であることを理由に高位に登るも、先帝陛下より賜った御恩に報いる気もなく、ただその権勢をほしいままとして暴虐の数々を働いている。こうしてお国に危機をもたらすに至ったのである。その先帝がお隠れになったとき、夜に陛下の横たわる部屋に忍び込み、思うままに遺詔を捏造せん、とまでたくらんだ。もっとも、こうした大逆は皇太后陛下や司馬道子しばどうし様のご尽力により防がれたのだが。しかし奴めの驕慢は止まらず、東府城とうふじょう詰めの兵を自分のもとに奪い去り後将軍府を勝手に増員、かねてより王国法を糾弾し続けてきていた二人の兄、王愷おうがいおよび王愉おうゆの地位を危ぶめんと画策した。このときいとこの王緒もまたその企みに巻き込み、ともに凶狡の行いを取った。奴の不忠不義は明白である。臣は忠心誠意をもって国難に立ち向かわんと期している。この一挙にて処断されることも覚悟の上である。むしろ処断を賜ることが譖臣どもとは違うことを証だてよう。われらは先帝陛下の明鑒なるに頼りすぎてしまったため、その恩沢を朝廷内に浸透しきれずに終わってしまった。ならば春秋の昔、趙鞅ちょうおうが兵を起こし、中行氏ちゅうぎょうし范氏はんしといった君側の奸を討ち果たしたことに倣わんと思う。臣なぞ凡庸なる駄馬に過ぎぬが、どうして大義を忘れずにおれようか!」


この上表が建康に届けられると、城の内外にすみやかに厳戒態勢が敷かれた。王國寶と王緒はなすすべを見出しきれず、かつて王珣おうしゅんより提案のあった計略を用いるべく、解職を求めた。すると司馬道子はすみやかに両名を捕らえ、王國寶はその場で殺し、王緒は公開処刑とした。その上で自身の過失を陳謝したため、王恭は兵を返し、京口けいこうに帰還した。




乃謀誅國寶,遣使與殷仲堪、桓玄相結,仲堪偽許之。恭得書,大喜,乃抗表京師曰:「後將軍國寶得以姻戚頻登顯列,不能感恩效力,以報時施,而專寵肆威,將危社稷。先帝登遐,夜乃犯闔叩扉,欲矯遺詔。賴皇太后聰明,相王神武,故逆謀不果。又割東宮見兵以為己府,讒疾二昆甚於仇敵。與其從弟緒同黨凶狡,共相扇動。此不忠不義之明白也。以臣忠誠,必亡身殉國,是以譖臣非一。賴先帝明鑒,浸潤不行。昔趙鞅興甲,誅君側之惡,臣雖駑劣,敢忘斯義!」表至,內外戒嚴。國寶及緒惶懼不知所為,用王珣計,請解職。道子收國寶,賜死,斬緒於市,深謝愆失,恭乃還京口。


(晋書84-4)




■斠注

『魏書』司馬叡伝では、上表の内容が結構違います。「國寶身負莫大之罪,謹陳其狀。前荊州刺史王忱,國寶同產弟也,受任西藩,不幸致喪。國寶求假奔彼,遂不卽路。慮臺糾察,懼於黜免,乃毀冠改服,變爲婦人,與婢同載,入請相王。又先帝暴崩,莫不驚號,而國寶靦然了無哀容,方犯閤叩扉,求行姦計,欲詐爲遺詔,矯弄神器,彰暴于外,莫不聞知。讒疾二昆,過於讎敵;樹立私黨,徧於府朝。兵食資儲,斂爲私積;販官鬻爵,威恣百城,收聚不逞,招集亡命。輔國將軍王緖,頑凶狂狡,人理不齒,同惡相成,共竊名器。自知禍惡已盈,怨集人鬼,規爲大逆,蕩覆天下。昔趙鞅興晉陽之甲,夷君側之惡,臣雖駑劣,敢忘斯義。」となっているそうです。おっおう、長いわね? えーと。


「王國寶の犯した大罪の数々を申し上げる。弟の王忱が荊州で死亡したとき、葬儀に駆けつけたいとか言いながら、結局行かなかった。そうした振る舞いを糾弾されると思い、城に戻ろうとする時には女装までしてこっそり城城入りし、司馬道子にとりなしを頼み込んだ。また孝武帝が死んだ時にはみなが嘆き悲しむなか平然とした面持ちを崩そうともせず、むしろ遺詔捏造などと言った姦計を企みさえした。二人の兄を憎みそねみ、ひどく貶めようと企んだ。私兵を集め、軍府や軍資を私物化した。官位爵位を勝手に売買してその影響力を地方各地にまで伸ばし、そのネットワークで不逞の徒や亡命者を呼び寄せた。こうした企みにはいとこの王緖もいっちょ噛みしていた。その狙いはもはや国家転覆としか思えない。だから以下略。」


うーん、これたぶん原文が別に存在してたんでしょうね。で、魏書と晋書でピックアップした箇所が違う。その基準を上手く見いだせると、そこに両書の王恭に対するスタンスが見いだせそうです。


それにしてもお前ら趙鞅趙鞅言い過ぎ。どう考えても、その後にくる「晋の分裂」も視野に入れてますよね? 「晋にとって」そんな厄いにもほどがあるトピックをさも忠臣かのようにふりかざしても通っちゃうあたりに当時の名族たちの認識が見え隠れしていそうな気がします。ただ徐広みたいな官僚にとってはちょっと違ったんでしょうね。このへんの温度差とかも上手く見いだせたらなー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る