桓伊2  蔡邕の笛

桓伊かんいの性格は控えめで素朴、淝水ひすいで大功を挙げたとは言っても、その性格に変化が起こるわけでもなかった。


音楽を得意として、その腕前は当時の江左における第一人者と呼ばれた。蔡邕さいよう柯亭かていにてこしらえたという笛を所持しており、常日ごろからその笛を吹いていた。


あるとき、王徽之おうきしが中央に召喚を受け、会稽かいけいより船にて移動。途中で青溪せいけいの側にて船を停泊させた。

ところで王徽之と桓伊には面識らしい面識がなかった。停泊していた船の側の岸を桓伊が通りがかる。船中の客が桓伊の幼名を呼ぶ。

「あれは桓野王かんやおうどのではないか」

それを聞くと王徽之、人を遣わせて桓伊にこのように伝達させた。

「あなた様は笛を善くすると伺っている。試みに我がために一奏頂けまいか」

この頃の桓伊と言えば既に貴顕であったのだが、一方で王徽之の名を聞いてもいた。そこで下車し、椅子を取り出して腰掛けると三曲ほどを吹き、吹き終えるとすみやかに車に乗り、立ち去った。桓伊と王徽之の間に会話が交わされることは一切なかった。




伊性謙素、雖有大功、而始終不替。善音樂、盡一時之妙、為江左第一。有蔡邕柯亭笛、常自吹之。王徽之赴召京師、泊舟青溪側。素不與徽之相識。伊於岸上過、船中客稱伊小字曰、「此桓野王也」。徽之便令人謂伊曰、「聞君善吹笛、試為我一奏」。伊是時已貴顯、素聞徽之名、便下車、踞胡牀、為作三調、弄畢、便上車去、客主不交一言。


(晋書81-2)



■世説新語

任誕49。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884883338/episodes/1177354054887141021

まんまだった(呆然)



■斠注

有蔡邕柯亭笛、常自吹之。

世說新語輕詆篇注の引く伏滔長笛賦敘には「余同寮桓子野有故長笛,傳之耆老,云蔡邕伯喈之所製也。初,邕避難江南,宿於柯亭之館,以竹爲椽。邕仰眄之,曰:良竹也。取以爲笛,音聲獨絕,厯代傳之至於今。」と、會稽記には「漢議郞蔡邕避難,宿於此亭,仰觀椽竹,知有奇響,因取爲笛,果有異聲」と、文士傳には「蔡邕經會稽高遷亭,見屋椽竹從東閒數第十六,可以爲籥,取用,果有異聲。」とあるそうです。

伏滔ふくとうは桓伊とほぼ同世代の文人ですね。彼が桓伊の持っていた笛について来歴を語りました。それによると、後漢末の文人、蔡邕が宮廷で宦官たちから睨まれたのから逃げるため江南に避難し柯亭の館に逗留。この館のたるきとなっている竹を見て蔡邕が「これはよい竹だ」とコメント。もらい受け笛にしたところ、果たしてみごとな音色を奏でた、とのこと。どういった流れで桓伊の手に渡ったかは謎ですが、ともあれしゅごい笛であったようですね。

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