謝安52 桓伊、風流のひと

東晋とうしん後期随一の風流名将と言えば、

桓伊かんいだろう。


ある日、謝安しゃあんさまと歩いているときに、

どこからか美しい歌が聞こえてきた。


それを聞いた桓伊、

「何と素晴らしい歌なのだ!」

と、感嘆した。


その様子を見た謝安さま、

思わず、呟く。


「桓伊殿は、実に深き情を

 抱いておられるのだな」




そんな桓伊の、音楽家としての

エピソードにはこんなものがある。


王羲之おうぎしの三男、王徽之おうきし会稽かいけいから

船で建康けんこうに向かう時のことである。

途中、渚下しょかと言う地に差し掛かった。

この地には、桓伊の家がある。


元々桓伊の笛の腕前については

王徽之もよく聞いてはいた。

聴いてみたいと思っていたものの、

なにぶん、面識がない。


そんな折も折、沿岸に、

まさに桓伊を乗せた車が差し掛かった。


乗船している客の中に、偶然にも

桓伊の顔を知っている者がいた。


「ちょ、あれ桓伊さまじゃないですか!」


えっマジで?

千載一遇のチャンスである。

王徽之、すぐさま使いを飛ばし、

こうお願いした。


「あなたの笛の評判をよく聞いている。

 ここで一発、私のために

 吹いちゃくれんかね?」


「我がために一奏」とか、

どんだけウエメセだよって話である。


この頃の桓伊、

既に結構なエリートなのだ。


だが桓伊も、王徽之の

人となりをよく聞いていた。


どう聞いていたんでしょうね。


なので車を止め、降りると、

折り畳み式のいすを取り出して腰掛け、

三曲を演奏する。


そして吹き終えると、車に乗り込み、

さっと立ち去ってしまった。


この演奏を聴いていた王徽之や

周囲の者たちも、その見事な腕前に

言葉を失うほどであった、と言う。




桓子野每聞清歌,輒喚「奈何!」謝公聞之曰:「子野可謂一往有深情。」

桓子野は清歌を聞く每、輒ち「奈何ぞ!」と喚ぶ。謝公は之を聞きて曰く:「子野は一往にて深き情を有せると謂うべし。」

(任誕42)


王子猷出都,尚在渚下。舊聞桓子野善吹笛,而不相識。遇桓於岸上過,王在船中,客有識之者云:「是桓子野。」王便令人與相聞云:「聞君善吹笛,試為我一奏。」桓時已貴顯,素聞王名,即便回下車,踞胡床,為作三調。弄畢,便上車去。客主不交一言。

王子猷の都に出づるに、尚し渚下に在り。舊より桓子野の善く笛の吹けるを聞きたるも、相い識らず。桓の岸上を過れるに遇し、王は船中に在らば、客に之を識る者有りて云えらく:「是れ桓子野なり」と。王は便ち人をして相い聞かんと與らしめて云えらく:「君の善く笛を吹きたるを聞く、試みに我が為に一奏なさんや?」と。桓は時に已に貴顯なれど、素より王が名を聞かば、即ち便ち回りて車を下り、胡床に踞し、三調を作せるを為す。弄し畢えるに、便ち車に上りて去る。客主は一言を交えず。

(任誕49)




桓伊さんは謝安さまが孝武帝に疎まれていた時、「怨詩おんし」と言う君主が名臣を疎む愚かしさを批判する歌を披露、「音楽で」孝武帝を諫めたりとかしてる。何と言うかただただカッコイイのだが、一方でとっても厨二ムーヴが漂っているのも良い。


それにしても王徽之うぜえ。郗愔の時(諸葛亮3)と言い、こいつのうざさいったい何なんだ。

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