謝安51 陽岐山の隠者2 

桓温かんおんさまの死後まもなくのことだ。


桓温さまの弟、桓沖かんちゅうが改めて

西府軍の統括役として

江陵こうりょうに出向いていた。


この時侍中の地位にあった

張玄ちょうげんと言う人が、

中央からの文を持って

船で桓沖の元に向かっていた。


途中陽岐ようき村の近くに通りがかると、

一人の男が小さなかご半ばほどの

魚を持って近寄ってきた。


「なぁなぁ、この魚で

 なますを作りたいんだ」


ほほう、なますね。

ご相伴にあずかれるんだろうね?


張玄、船を係留し、男を受け容れた。

その名を問えば劉遺民りゅういみん、と名乗る。

何と、あの劉驎之りゅうりんし

隠者として高名な人物だ。

桓沖直々の招聘すら蹴った事で有名だ。


そんなすごい人と同席できるなんて、

張玄、うきうきで劉驎之を接待。

そして劉驎之は劉驎之で、

張玄とその任務について把握していた。


謝安しゃあん王坦之おうたんし殿はお元気かね?」


とは言え、会話などその程度のもの。

張玄はいろいろ話したかったのだが、

劉驎之には長居する気などまるでない。

あげくの果てには、こういうのだ。


「たまたま魚が取れたところに、

 あなたの船が来た。

 なますを作れそうな器具が

 船にはありそうだ、と思ったから

 立ち寄らせてもらっただけなのだ」


そう言って立ち去る劉驎之。


だがせっかく出会えた名士、

張玄としても、話を聞いてみたい。

後を追い、劉驎之の家に押しかける。


そんな張玄に対し、劉驎之は

酒を提供した。すさまじくまずい。


張玄としては、尊崇すべき方からの

酒という事で、頑張って飲み干す。


だと、いうのに。


「さて、俺は荻を伐採せねばならん。

 あまり放っても置けんのでな」


そう言って、劉驎之は

席を離れてしまった。


ことここに至っては、

もう張玄も引き止めきれなかった。




桓車騎在荊州,張玄為侍中,使至江陵,路經陽岐村,俄見一人,持半小籠生魚,徑來造船云:「有魚,欲寄作膾。」張乃維舟而納之。問其姓字,稱是劉遺民。張素聞其名,大相忻待。劉既知張銜命,問:「謝安、王文度並佳不?」張甚欲話言,劉了無停意。既進膾,便去,云:「向得此魚,觀君船上當有膾具,是故來耳。」於是便去。張乃追至劉家,為設酒,殊不清旨。張高其人,不得已而飲之。方共對飲,劉便先起,云:「今正伐荻,不宜久廢。」張亦無以留之。


桓車騎の荊州に在れるに、張玄は侍中と為り、使いて江陵に至らば、路に陽岐村を經、俄にして一なる人を見る。小さき籠に半ばの生魚を持ち、徑ちに來て船に造りて云えらく:「魚有り、寄りて膾を作らんと欲す」と。張は乃ち舟を維し之を納む。其の姓字を問うに、稱せるに是れ劉遺民なり。張は素より其の名を聞かば、大いに相い忻待す。劉は既に張に銜えらる命を知らば、問うらく:「謝安、王文度は並べて佳きや不や?」と。張は甚だ話言せるを欲せど、劉は了に停む意無し。既に膾を進め、便ち去らんとせば、云えらく:「向に此の魚を得たるに、君が船の上に當に膾が具有せるを觀、是が故に來たるのみ」と。是に於いて便ち去る。張は乃ち追いて劉が家に至り、酒を設くるを為せど、殊に清旨ならず。張は其の人を高まば、已むを得ずして之を飲む。方に共に對して飲み、劉は便ち先に起ち、云えらく:「今、正に荻を伐たん、宜しく久しく廢さず」と。張は亦た以て之を留むる無し。


(任誕38)




張玄

張玄之ちょうげんしのことかな? と劉孝標りゅうこうひょうは言っている。顧和こわと一緒に王導おうどうさまに高く買われていた人。一方で謝玄しゃげんと並び評されて「二玄」と呼ばれたらしい、という事も書かれている。ただし前者が真であると仮定すると親子ほど年の離れた二人を「二玄」と呼ぶことになり、かなり無理がある。なので張玄および張玄之と言う二人の人物がいて、どちらかが庾亮ゆりょう世代、どちらかが謝玄世代となるのだろう。そうしたら謝玄世代で侍中とか無理筋にもほどがあるので、庾亮世代のほうの人、という事になる。うーんこのひとちゃんと調べないと混乱しそうだ。いまは調べないけど。



ちなみに劉驎之の前出は苻堅4です。それにしても、謝安さまは諱呼ばわりで、文度ちゃんはあざな呼びとか、劉驎之はアンチ謝安派なのかな? 許玄がどんな人物か、と言うよりは「朝廷の偉ぶった奴ら」がうぜえ、と言う感じなんでしょうね。許由・巣父のたぐいという事か。

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