謝安6  贅沢者

謝安しゃあんはいまこそ天下を取り戻す好機と捉え、上疏し北伐を求める。そこで都督ととくようこうけいじょえんせいゆうへいねいえきようりょう十五州軍事じゅうごしゅうぐんじとなり、黃鉞こうえつをくわえられ、本官はもとのままとなった。從事中郎じゅうじちゅうろうを二人配した。謝安は太保および爵位を返上したいと申し出たが、受けいれられなかった。


この頃桓沖かんちゅうが既に死亡、けいこう二州の鎮守が欠員となっていた。世論では大功を挙げた謝玄しゃげんに任せるべきであるとされ、その叙任がほぼ決まりかける。しかし謝安は一門で莫大な功績を挙げていたことから、下手に朝廷より疑いを掛けられるのを恐れ、さらに桓氏を要職から追い落とす危うさをも覚えた。中でも桓石虔かんせきけんには漢水南岸での戦功もあり、その強烈な武力でもって形勝の地を抑えており、どうしても制御がしづらかった。そこで弟の桓石民かんせきみん荊州けいしゅうを守らせ、やや遠い親族の名将桓伊かんいを中流に、桓石虔を豫州よしゅうに配した。こうして三人の桓氏が三州に拠点を抑えることになっても、別にそれを恐れるでもなく、ただ、任じた。下手な対抗心を抱こうともしないでいたこと、みなこのようであった。


もともと音楽を好んでいたのだが、弟の謝萬しゃまんを喪って以来、十年ほど音楽より離れていた。しかし皇帝の補佐としての立場を得たとたん、服喪の期間であろうがガンガン音楽を掛ける。王坦之おうたんしから書面にてそういうのやめーやと注意されたが、聞く耳を持たない。


謝安が考案した衣服や冠のスタイルは、そのまま世の流行ともなった。また土を盛って山を作ってそこに別荘を構え、望樓や邸宅、林竹もマシマシに設けた。そこに内外の親族の子らを集めてはみなで遊び、出される食事や酒に対して百金が費やされたりもした。世間ではこうした振る舞いが大いに批判されたが、謝安が気に留めるふうもなかった。


一方では、つねづね劉牢之りゅうろうしに都督レベルの軍略判断力がないと危惧し、また王味之おうまいしに一城をも守り切る才能がないことも見抜いていた。後に劉牢之は乱を画策し滅亡、王味之もその貪婪さを付け込まれ敗亡。人々はあらためて謝安の鑑識眼に感服するのだった。




安方欲混一文軌,上疏求自北征,乃進都督揚、江、荊、司、豫、徐、兗、青、冀、幽、并、寧、益、雍、梁十五州軍事,加黃鉞,其本官如故,置從事中郎二人。安上疏讓太保及爵,不許。是時桓沖既卒,荊、江二州並缺,物論以玄勳望,宜以授之。安以父子皆著大勳,恐為朝廷所疑,又懼桓氏失職,桓石虔復有沔陽之功,慮其驍猛,在形勝之地,終或難制,乃以桓石民為荊州,改桓伊于中流,石虔為豫州。既以三桓據三州,彼此無恐,各得所任。其經遠無競,類皆如此。

性好音樂,自弟萬喪,十年不聽音樂。及登臺輔,期喪不廢樂。王坦之書喻之,不從,衣冠效之,遂以成俗。又于土山營墅,樓館林竹甚盛,每攜中外子侄往來游集,肴饌亦屢費百金,世頗以此譏焉,而安殊不以屑意。常疑劉牢之既不可獨任,又知王味之不宜專城。牢之既以亂終,而味之亦以貪敗,由是識者服其知人。


(晋書79-6)




■世説新語


及登台輔、朞喪不廢樂。

賞譽 128 注『續晉陽秋』。

謝安初攜幼釋同好,養志海濱,襟情超暢,尤好聲律。然抑之以禮,在哀能至。弟萬之喪,不聽『竹絲』者將十年。及輔政,而修室第園,館麗車服,雖期功之慘,不廢妓樂。王坦之因苦諫焉。

ちょっと解像度の高い情報になってますが、大意は変わらないので訳しません。ちなみに謝安、本編

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884883338/episodes/1177354054886797669

では王坦之のこと「アイツのことぜんぜん印象に残ってないんだ」とひどい言い草。たぶん常に王坦之の話スルーしてたなこいつ。




■斠注


安上疏讓太保及爵、不許。

『文選』の『齊故安陸昭王碑文』に載る注で、『晉中興書』にある謝安の高位辞退を乞う言葉が載っているそうです。曰く「謝安石上疏曰尸素朝端忽焉五載。」

この老いぼれ衰えた姿を朝廷にもう五年もさらしてしまいました、みたいな感じでしょうかね。



桓石民爲荊州、改桓伊於中流、石虔爲豫州。

『廿二史攷異』二十二には「是時桓伊爲豫州刺史改除江州以石虔代之云中流者江州介荊揚之中也然詞意未甚明白。」とあります。

ん、中流ってなに? まぁ江州のことなんだろうけど、なんでぼかしたの? とやや混乱している感じです。

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