范寧8  学びの代償

范寧はんねいは学問の虫である。当然目を酷使している。あるとき目の痛みを患ったため、中書侍郎ちゅうしょじろう張湛ちょうたんに、痛みを止める手立てがなにかないだろうか、と尋ねた。すると張湛、苦笑しながら言う。


「いにしえの医方は、春秋宋しゅんじゅうそう陽裏子ようりしが幼き頃に獲得し、それを東門伯とうもんはくに授けた。東門伯は左丘明さきゅうめいに伝え、こうして世に知られるようになった、とかたられている。漢の時代の杜欽ときん鄭玄ていげんの時代の高堂隆こうどうりゅうしん左思さしなどの賢人たちはいずれも目に病を患い、以下の六条を授けられている。

 一 読む量減らせ。

 二 考えすぎるな。

 三 目をつぶる時間を増やせ。

 四 ものを見すぎるな。

 五 遅くまで寝てろ。

 六 早く寝ろ。

これら六ヶ条を守らんから目の中を炎が焦がし、その気力をザルのように放流してしまうのだ。まずはその胸中にこんがらがったものを七日ほどかけてかき集めてみて、それから六か条を実践してみろ。そうすればたちどころに近いところも遠いところもはっきり見えるようになるだろう。これらをやらずにいたら、塀にあいた穴から中を覗き見るような視界しか持てんようになるぞ。ちなみにこれは目をはっきりさせるだけでなく、長生きの処方でもあるからな」


豫章太守よしょうたいしゅを免官となって後、丹陽たんようの家にて、范寧はなおも学業に励んだ。それは 63 歳で自宅にて没するまで途切れることはなかった。


范寧は当時に『春秋しゅんじゅう穀梁氏こくりょうでん』に良い訳文がなかったことを憂いており、何ができることはないかと考え、様々な訳文を揃え、集解としてまとめた。その解釈議論は精密であり、人々に重んじられることとなった。なお同時代に徐邈じょぼうも注を付しており、こちらもその仕事が讃えられている。


范寧の子は范泰はんたい。劉裕の側近中の側近として、晋の末期に護軍將軍ごぐんしょうぐん、劉宋の時代には特進とくしんにまで進んでいる。


范泰伝https://kakuyomu.jp/works/1177354054891500185/episodes/1177354054894966788




初,寧嘗患目痛就中書侍郎張湛求方,湛因嘲之曰:「古方,宋陽裏子少得其術,以授魯東門伯,魯東門伯以授左丘明,遂世也上傳。及漢杜子夏鄭康成、魏高堂隆、晉左太沖,凡此諸賢,並有目疾,得此方云:用損讀書一,減思慮二,專內視三,簡外觀四,旦晚起五,夜早眠六。凡六物熬以神火,下以氣簁,蘊於胸中七日,然後納諸方寸。修之一時,近能數其目睫,遠視尺捶之餘。長服不已,洞見牆壁之外。非但明目,乃亦延年。」既免官,家於丹陽,猶勤經學,終年不輟。年六十三,卒於家。

初,寧以『春秋穀梁氏』未有善釋,遂沈思積年,為之集解。其義精審,為世所重。既而徐邈復為之注,世亦稱之。

子泰,元熙中,為護軍將軍。


(晋書75-19)




■斠注


張湛について。

世說新語せせつしんご任誕じんたん篇の注に引く晉東宮官名に経歴があります。字は處度しょど高平こうへい人。

張氏譜には、祖父が張嶷ちょうぎ、父が張曠ちょうこうであったと書かれています。張湛の最高官位は中書郞ちゅうしょろう

隋書ずいしょの書籍志には張湛には列子れっし注八卷があったそうです。

隋書の注にも経歴が載せられています。いわく、字は處度。光祿勳こうろくくんとなった。

唐書の典籍志には張湛のものした書として、養生要集ようじょうようしゅう十卷や養性傳ようじょうでん二卷があったそうですこれらの内容は、太平御覽たいへいぎょらん醫心方いしんほうにも引かれているのだとか。また延年祕錄えんねんひろく十二卷という本もあり、葉夢得ようむとく避暑錄話ひしょろくわという本にも張湛が范寧に痛み止めの処方を伝えていた話があり、これは恐らく養生、養性のどちらかの本に載せられていたのではないか、としています。


隋書書籍志に載る穀梁傳注には、徐邈の春秋穀梁傳注十二卷と、春秋穀梁傳義十卷があるそうです。馬國翰ばこくかんが輯錄一卷をまとめていますが、そこでは注と義の二書にいったいどんな違いがあるのか不明である、と書かれています。 


春秋穀梁傳序正義には、范寧の息子たちについて書かれています。それによれば、范泰の字は伯倫はくりん。真ん中の子が范雍はんよう、字は仲倫ちゅうりん。末の子が范凱はんがい、字は季倫きりん、とのこと。

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