第8話 実践法④ 生産性のある愚痴


その④


・生産性のある愚痴を探す。




 愚痴を減らすのは難しい。


 全部の愚痴を減らすのは無理でも、その量をちょっとずつ減らすのは可能だ。




 愚痴も全く悪いばかりではない。愚痴は愚痴でも未来への突破口になる愚痴もある。




 あえて言葉に置き換えるのならば、愚痴の中にも『生産性のある愚痴』も存在するという


ことだ。


 その『生産性』といえば、あの津久井やまゆり園で起きた、哀しい事件の犯人の言葉を思い越す人もいるかもしれない。




 しかし、私はあえてこの『生産性』という言葉を障害者の立場から言う。


 決して、生産性を日々の生活の中に入れようとする動きが、断罪されるわけではない、と当事者の立場から強く思うからだ。


 ここでいう『生産性のある愚痴』とは愚痴の内容を分析し、この期に繋がる内容なのか、見極めるというもの。




 例えば、私の例を採れば、公募で思うように結果がいかず、落選が途轍もなく続いたときのこと。


 もちろん、落選ばかりが続き、値を上げそうになったとき、私は悔し泣きをしたり、家族と衝突したり、思うようにいかない毎日を恨み嘆いてばかりだった。




 それでも、ここまで立ち直れたのは家族からの励まし、自分自身が何とか、行う努力でもあった。


 愚痴の内容は共通点も多く、分析しているうちに「ああ、これは前も愚痴っていた内容の続きだ」と妙に冷静になれた。




 まず、何が悪かったのか、考えているうちに私にはそもそも語彙力が少ない、と突き詰めた。


 早速、書店で『てにをは辞典』と『てにをは連想表現辞典』を購入し、まだ足りないと思い、学研から出ている『ことば辞典』シリーズを購入した。




 それを毎朝に分量を決めて、メモ帳に書き込むのだ。




 それを半年実践しているうちに、筑摩書房が主催した『思考の整理学エッセイ賞』で優秀賞をいただき、思いがけず早く出た成果は大いに自信になった。


 今まで地元主催の文学賞でさえも、四回連続落選し、メジャーなエッセイ賞も二十回以上は落選してきた、私にとって、いきなり大きなエッセイ賞に入選したので「人生は何があるか、分からないとはこういうことだ」と強く実感した。




 今までの落選作品も宝の山だった。


 なぜなら、今まで書いてきた作品は、世界中どこにも探しても見つからない、私の痕跡でもあり、分析次第では今後にも繋がる宝の山だからだ。




 一年目よりも二年目、三年目よりも今のほうが入選の有無にも関わらず、進化している、と分析できれば、これ以上にない喜びだ。




 これらが私の『生産性のある愚痴』から始まった成功体験だ。




 あの事件の犯人も『生産性』という言葉を使いながらも、自分自身がいちばん生産性のない、殺人という過ちを犯した事実に私は強く異議を唱えたい。


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