第37話 未来への飛翔
あれからハイデルベルク王国と聖クリスティア王国との間で安全な航路の確認が済むと、早速ビリーさんがエリシエールの城を訪ねてきた。ビリーさんには御用商人の許可証を渡していたから、最優先で目通りが叶うように手筈を整えてある。
「お久しぶりね、ビリーさん。メイガス商会がこちらにも進出してくれて助かるわ」
「とんでもございません。お声がけいただき、恐悦至極に存じます。女王陛下」
「さすがに十五歳くらいになるまでは、ビリーさんには女王陛下はやめて欲しいわ」
「ははは、かしこまりました。エリスお嬢様。それにしても、凄まじい発展具合で、シルフィードが田舎に見えてしまいます」
まあ、そうかもしれない。でも、これからは南に遷都して温帯湿潤気候で百年都市を築き上げるつもりでいた。水は魔石で潤沢に供給できるけど、ずっと乾燥地帯に居たら肌が乾燥してしまうもの。
「ここは巨大ドラゴンの生息地を避けて建築した都市だから、私が大人になるまでに南の豊かな大地で今以上の都市を築くつもりよ。馬無しで動く自動車という物流機械もその頃までには出来るから、ハイデルベルクの十倍近い経済規模に発展すると思うわ」
そう言って、商人には見せない詳細な地図をビリーさんに渡す。そこには、ハイデルベルクも含めた東大陸の全貌が記されていた。
「こ、こんなに大きな国なのですか! 帝国以上じゃないですか!」
「ドラゴンのせいで大陸統一国家だからよ。ただ男手が足りないから、商人も当然のことながら少ないの。一応は担当の内務官を据えているのだけど、商売の専門家ではないからビリーさんにも手伝って欲しいの。商務大臣でも貴族位でも用意できるから腕を振るい放題よ」
「それは…私のようなもので構わないのですか?」
「街を見てきたなら、男性の少なさに気がついたでしょう? ハイデルベルクに使える独身男性が居たら、いくらでもヘッドハンティングしてきて欲しいくらいよ。そういう意味では、人材斡旋業も考えて欲しいわね」
それから広げた地図に五ヶ所の赤い印を付けて新たな都市の建築計画を話して聞かせる。今なら無料で住宅も手に入るし、そう悪い生活ではないはず。以前と違って南の温帯湿潤気候の広大な畑で小麦も沢山供給できるから、食料確保も安定するはずよ。
「十五歳までに今いるエリシエール級の百万人都市を南に四ヶ所、首都を一ヶ所設けていくつもりだから、いくらでも拡張性はあるわ。どう? 商人として面白そうでしょう」
「はい! とてもやり甲斐があります。是非ともお任せください!」
私もビリーさんも共に笑顔を浮かべて固く握手を交わした。よし! これでまた建築三昧の日々を過ごすことができるわね!
◇
それからしばらくしてイストリア王国からの使者が訪れた。イストリア王国ではマクシミリアン子爵ということになっていたが、聖クリスティア王国の女王になってしまったのでお父様を通して爵位を返上していた。
エリシエールの城に設けた謁見の間で使者を待つと、見知った顔が両開きの扉から現れ玉座の前で膝をつく。
「お久しぶりです、女王陛下。ご機嫌麗しゅう…」
「マクレーン王子! というか女王陛下はやめて下さい。前みたいに話して欲しいですし、そんな跪かれても困るわ!」
「ははは、エリスも変わりなさそうで良かった」
屈託ない笑みを浮かべるマクレーン王子は、十七歳になっており何というか…随分と美青年に育っていた。膝を付いた彼に近寄った私の手を取り、唇を落とす横顔に思わずドギマギしてしまう。
「そ、それで今日はどういう用件かしら」
「それは…まあ、普通に友好通商条約を結びに来たのと、包み隠さず言えばエリスの婚約者候補に名乗り出ようと馳せ参じたのさ」
「ええ!? わ、私はまだ十二歳よ?」
「ハイデルベルクでもイストリアでも、十二歳なら婚約者がいてもおかしくない年齢だろう。それとも私では不満か?」
「いえ、不満じゃない…けど」
と、そこまで言ったところで周りから歓声が上がった。
「おお! ついに陛下に相応しい婚約者が現れた! 根回しをした甲斐があった!」
「これで聖クリスティア王国は安泰だな! 女王陛下万歳ッ!」
これは、まさかはめられた!? 私はグルンと首を回して王座の側に控えるお兄様たちを見る。
「僕たちだけに沢山結婚相手を押し付けておいて、エリスだけ自由なのもおかしいだろう」
「そうだぞ。エリスが嫌ならお帰り願うところだったが、脈なしと言う訳じゃなさそうだし、少しは前向きに考えてくれ。というかマクレーン王子以外に年齢が釣り合う王子は他には敵国か中立国くらいにしかいないぞ?」
「うっ…わかったわ」
考えてみれば国内は若い独身男性は残っていないし、他国の貴族も迎えにくい。王太子ではない王子がいるのは、友好国ではイストリアだけだったわ。
「まあ、今すぐどうというわけでもない。適齢期になるまでゆるりと親交を深めようではないか」
「はい、よろしくお願いします」
こうして私はついに年貢の納め時というか、避け続けてきた婚約を果たしたのだった。
◇
「我に戻りて糧となれ…ひゃああああ!」
「どうしたの! 突然大きな声をあげて!」
「な、なんでもないわ…」
私は頬を赤くして顔を背けたが、ファルコには考えていることが筒抜けなので意味はなかった。
「もう、エリスは初心だなぁ! 大体、婚約者なのに本体じゃなくデジタルツインに相手をさせるなんてどうかしてるよ!」
「うるさいわね! あんな南国スパダリの相手なんて、いきなりできるわけないでしょ!」
そう考えてデジタルツインで慣れさせてもらうことにしたのだが逆効果だった。何をしても本体には記憶や経験以外は反映されないと知ると、マクレーン王子は次々と際どいことをデジタルツインの私に要求して、年齢以上のことに慣れさせようとしてきたのよ!
初日の翌朝、マクレーン王子に出会った瞬間に顔を赤く染めた私に気をよくしたのか、次第にその行為はエスカレートしている。
「うぅ…このままでは本体は清らかな身のまま開発されてトロトロに溶かされてしまうわ」
「エリスは馬鹿だなぁ! 嫌なら年齢をずらしたデジタルツインを送れば記憶も経験もフィードバックされないのに」
「なんでそれを早く言わないのよ! 身も心も雁字搦めにとらわれる前に、今度は南半球にある新大陸に向けて出発よ!」
そう叫んで少し成長したデジタルツインをその場に残した私は、マップを大きく広げて南半球の大地を脳裏に捉えると、まだ見ぬ未開拓の大地に向けて飛翔するのだった。
デジタルツインで開拓無双~メタバースの向こうは異世界でした~ 夜想庭園 @kakubell_triumph
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