第36話 聖クリスティア王国の誕生
「東大陸に統一国家を作ってきたからシルフィード伯爵はブルーノお兄様にやって欲しいの」
「ちょっと待ってくれ。さすがのお兄ちゃんも急展開についていけない」
私はこの二年の間でしてきた砂漠の緑化や開拓生活と、古竜討伐により聖クリスティア公国の太公に祭り上げられた経緯を話して聞かせた。
「国の規模がハイデルベルク王国とイストリア王国を合わせたよりも大きいの。人口はもちろん、領土で言えば数倍はあるわ」
「はあ…それで公国を名乗る気なのか? 調整に何年かかるやら」
「え!? デビュタントで陛下に話して済ませようと思っていたのに!」
「そんな場で話せる内容じゃないだろ。まずは書簡を送って段取りだ。父さんや兄貴にも知らせて結束しないと」
なんだか面倒なことになったわ。
「ところで、その東大陸とやらは船で行けるのか? 南大陸の二倍の距離にある大陸と貿易してる話なんて聞いてないし、航海実績がないんじゃないか」
「そうね…中継地点になる島は作ったけど、その間が安全かどうかは確かめていないわ。真ん中に大きめのリゾートアイランドを設けたけど、そこでバカンスを楽しんでいたのは私だけだし」
ちょっとはしたないけど、誰もいないから水着を着る必要もなくて開放的で楽しかった。
「航路はシルフィードの商人達に確かめさせるとして、一度、家族をそこに連れて行ってくれ。聞いただけじゃわからん」
「うん、わかったわ。じゃあ、明日になったらカストリアに行って事情を話して、私の国に連れて行ってあげる!」
こうして私はこの二年の成果をお父様やお母様、そしてお兄様達に披露することにした。
◇
「「「お帰りなさいませ、姫大公様!」」」
「みんな、ただいま!」
聖クリスティア公国の首都エリシエールの中心に立つ城の両脇にずらりと並ぶ官僚と女官に迎えられると、私はバルテスさんをはじめとして重臣たちに家族を紹介する。
「今日はエイベルお父様とイリスお母様、それとカールお兄様とブルーノお兄様に来てもらったから、部屋の用意をお願いね!」
「かしこまりました。遠路はるばるようこそおいで下さいました。臣下一同、真心を込めておもてなしいたします」
その後、城内の一室に先導され紅茶とスイーツが運ばれてきて女官たちが退室していくと、私は地図を卓上に広げてハイデルベルク王国が数個くらいは入りそうな東大陸の領土の全体像を説明した。
すると、それまで黙って私の説明に耳を傾けていたお父様が口を開く。
「…エリス。これは、もはや公国などでは済まないだろう。もうハイデルベルク王国のことは忘れて、独立してしまいなさい」
「ええ!? シルフィード領はどうするの?」
「それはブルーノに引き継がせるよう、私の方でうまく調整しておく。陛下には私が内密に事情を説明しよう。下手に王都に行くと、何が起きるか予想できん」
そう言って大きく溜息をつくお父様に、カールお兄様やブルーノお兄様がそれに続いて驚きを露わにする。
「カストリアも他の領地に比べれば大概進んでいる方だと思っていたけれど、このエリシエールと比べたら王都と農村ほどの差があるよ。正直言ってビックリだ」
「まったくだ! 五階建ての建物が立ち並び、大街道が街を縦横無尽に張り巡らせられ何十万人もの人が住むなんて、王都も目じゃないぜ!」
お父様やお兄様たちが口々にエリシエールや国土の馬鹿げた広さを声高に叫ぶ一方で、お母様は先ほどから止めどなくカチャカチャと皿に盛られたスイーツを消化している。
「あの…お母様は何かありますか?」
「エリス、お母様もここに住むわ!」
「ええ!? べ、別にいいけどどうして…」
「ここはエリスの国なんでしょう? こんな美味しいものが毎日食べられるのに、カストリアに帰る理由なんてないわ!」
そう言って物凄い勢いでスイーツを食べ始めたお母様の様子に、私は戸惑いの表情を浮かべてお父様を見上げた。
「ま、まあ…ここが安全ならそれでも構わないが。そういえば軍はどうなっているんだ?」
「軍関係はグレイさんに騎士団長についてもらって統制してもらうわ。巨大ドラゴンの被害で男手が極端に少なくて綺麗なお嫁さん候補には事欠かないの。冒険者引退を考えていたグレイさんにピッタリよ」
「そうか。彼が居るなら大丈夫か。しかし、そんなに沢山女性が居るなら王弟としてカールやブルーノの結婚相手も世話してくれないか」
「お兄様のためなら喜んでお世話をするけど、ハイデルベルクの貴族令嬢を迎えなくていいの?」
「ハイデルベルクは分家で十分だ。こんな大国の王族がエリス一人では不安定過ぎるだろう。それともエリスが沢山子供を産むかい? 先ほどの家臣達もエリスに相応しい相手を見繕っているはずだし、十五歳から世継ぎを産み始めて最低五人は…」
「わかったわ! すぐに百人くらいお嫁さんに来てもらう!」
三年後から五人以上も出産なんて冗談じゃない。すぐにバルテスさんにお兄様達のお嫁さんへの立候補を国中に布告してもらおうと卓上の呼び鈴に手を伸ばしたところ、お兄様達にその手を押さえられる。
「いや、そんなに要らないから!」
「…そ、そうだぞ? 一桁多いな」
「わかったわ。じゃあ十人くらいで…」
ブルーノお兄様のリクエストに答えて、今度は小規模だからマリアさんに頼もうと別のベルに手を伸ばしたところ、またもカールお兄様がそれを止めた。
「いやいや! 三人か四人で十分だから!」
「それなら、後でバルテスさんに重臣の娘さんを紹介してもらうわ」
まあ、二人とも美男子だからどうとでもなるでしょう。というか、本当に十人くらいを娶ってもらって構わないことに気がついて、あらためてお願いする。
「でも、本当にドラゴンの被害で男性が少ないの。カールお兄様には申し訳ないけど、遠慮せず、なるべく多く娶ってあげてね。グレイさんの時はこんな束の姿絵を渡したんだから」
そう言ってグレイさんから返却された姿絵の束を卓上に載せる。私の身長くらいはあるそれに、お母様が次々と娘さん達の姿絵と付随する経歴をチェックを入れ、父親や男兄弟達が軒並み死亡と書かれている内容に眉を寄せて表情を曇らせた。
「まあ…随分と大変なことになっていたのね。そのドラゴンというのはそんなに脅威だったの?」
「うん。こんな大きさの魔石で全長百メートルくらいあって、ブレス一発で数千人が消し飛ぶほどだったわ」
証拠にと赤い宝玉のような巨大魔石をマジックアイテムから出して見せると、全員、大口を開けて驚いた。
「これは…とんでもないものを討伐したんだね。通りで皆が皆、あれほどエリスに心酔する様子を見せるはずだ」
「神様によると後三匹くらい同じ大きさの古竜がいるはずだけど、滅多なことでは眠りから醒めないからもう戦うこともないと思うわ」
そう言って再び魔石をアイテムボックスに収納しようとしたところ、お父様が待ったをかける。
「ちょっと待ってくれ。それを陛下の説得に使わせてくれないか?」
「え? 説得に使うって、献上するのですか」
「いや。その大きさ魔石を有する古竜がまだ三匹居るのだろう? そして、それを倒せるのはエリスだけだ。違うかい?」
私はガルフィードとの戦いを思い出し他の人に倒せるか考えてみたが、今の科学技術では無理だと断定して頷いた。
「普通の人なら、神剣を使えないと無理と思います。マテリアル・エンジェル・バースト・リリース」
解放句と共に私の右手に神剣が現れ膨大な神力があたりに立ち込める。その尋常ではない様子にお父様は恐る恐ると言った風情で尋ねてくる。
「そ、そんなものまで使えたのかい」
「洗礼式の時に神様に古竜の討伐用に召喚句を教えてもらったのです…マテリアル・エンジェル・リ・シール」
「わかった。とにかく、エリスしか脅威を取り除けないと知れれば聖クリスティア王国の認可はすんなりと通るはず…その説得材料となるのが、その魔石だ」
なるほど。確かに、あちらの大陸のどこかに古竜が眠っているかもしれない。私はマジックバックを取り出して魔石を収納してお父様に手渡した。
「お父様、男性移民は随時受け付けようと思うの。南の大陸との貿易と同じように中継島を沢山作ったから、商人たちに海路を確認して往来するようにしていい?」
「そうだな。陛下の認可が取れた後なら問題ないだろう」
こうして、お父様を通してハイランド王国から正式に国として認める書状が届き、私は聖クリスティア王国の初代女王として正式に建国を宣言したのだった。
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