第35話 激闘! 火竜ガルフィード

「まずいわ。南から古竜がこちらに向かって飛んできているみたい!」

「なんだと!? 逃げるか?」

「いえ、私の分体でやっつけてくる。グレイさんは念のためバルテスさんに知らせて警戒体制を取らせておいて!」

「わかった。くれぐれも無理をするなよ!」


 この二年というもの、大陸規模の開拓で魔力を徹底的に鍛えてきたのよ。グレイさんと一緒に剣技にも磨きをかけたし、聖剣に姿を変えたファルコで事足りるくらいの強さなら負ける気がしない。と、いうか…


「我に戻りて糧となれ。マテリアル・エンジェル・バースト・リリース! そして、デジタルツイン六万五千!」


 聖剣に姿を変えたファルコを手にしたデジタルツインが、城のバルコニーから一斉にフライで南の空に向けて飛び立った。


「「「聖剣も六万五千本に複製できるなんて、あの神様は考慮が抜けてるわ!」」」


 そうして自信満々の表情で一斉に南の空に飛び立つ私の群れを見て、エリシエールの人たちは声援を送るのだった。


 ◇


 南の砂漠地帯でマップ上の赤い点と合流しつつあった私は、次第に大きくなっていく古竜の姿に顔を引き攣らせた。


「ちょっと…全長百メートルくらいあるんじゃないのぉ!?」

『なんだ。獲物かと思ったら創造神の使徒ではないか。加護付きに用はないぞ』

「え!? あなた話せるの?」

『あたりまえだ。我を誰だと思っておる。創造神が生み出した最古の四竜が一角、火竜ガルフィードだぞ』


 なんだか、想像していたよりずっと知性の高い竜なのね。てっきり、問答無用で咆哮をあげて襲いかかってくるものだと思っていたけど、これなら話し合いで解決するのも手かもしれない。

 そう考えた私は圧倒されるようなガルフィードの巨躯を前に、気丈に自分を奮い立たせて説得を試みる。


「北には私の国があるんだけど、人間を襲うつもりなの?」

『そうだ。我は人間が一定以上に発展した場合に襲うように生み出された。それに打ち勝つように進化するのが、神が人間という種に課した試練なのだ』

「なによ、そのイベントフラグみたいな条件! というか、あなたは進化した人間に倒されていいの?」

『無論! それが我の使命であり存在意義だ』


 私は神の使命に従順すぎるガルフィードに私は頭を抱えたけど、それならそれで考えがある。


「神様には四竜を見つけたら倒すように言われたわ。でも無益な殺生なんて嫌だし、使命なんて忘れて大陸の南でスローライフでも送らない?」

『神が我を倒せと命じたのであれば情けは無用! いくぞ、メガフレア!』

「きゃあああ! マジック・バリア!」


 急いで結界を張ったが、火竜の強力なブレスを防ぎきれず数千のデジタルツインが消し炭になった。消滅したデジタルツインから断末魔の苦しみがフィードバックされ視界が赤く染まったが、私はなんとかそれに耐えた。

 その様子を見ていたガルフィードがさらに追撃を掛けようと息を吸い込んで強力な意志を込めた念話を叩きつけてくる!


『これで分かっただろう。迷っていれば倒されるのはお前の方だ!』

「「「もう、分からず屋! アイス・プリズン!」」」


 カキーンッ!


 残念ながら聖剣を持った私一人に倒され得るガルフィードが六万近いデジタルツインに敵うべくもなく、空中で巨大な氷塊となった火竜はそのまま地面に落下して粉々に砕けた。


「ふぅ…虚しい戦いだったわ」


 結局、古竜たちも私と同じ神様のミスの被害者じゃない。ガルフィードが十分の一くらいなら生捕りもできたかもしれないけど、相手も一撃必殺の力を持っている以上、倒す他に止める方法はなかった。

 私はやるせない気持ちを抱えつつ、地面に降り立つ。


『お疲れ、エリス! 魔石の回収も忘れずにね!』


 ファルコの言葉にガルフィードが落下した先を見ると、私の身長ほどの赤い魔石が日の光を反射してキラリと輝いていた。これだけ大きければ、規模の大きな魔道具の材料になるだろう。


 私はアイテムボックスに巨大魔石を収納すると、エリシエールの城に凱旋を果たした。


 ◇


「本当に、南にいたドラゴンはもういなくなったのですね?」

「ええ。氷漬けにして粉々にしたわ。これが、その魔石よ」


 なかなか信じようとしないバルテスさんや他の官僚たちの前に、身長ほどの大きさの宝玉のような赤い魔石をアイテムボックスから取り出して見せると、皆、驚きの表情を見せた後で一斉に歓声を上げた。


「やったー! これでもうドラゴンの影に怯えずに済む!」

「ううう、これで息子の亡骸を弔ってやることができる。このご恩は一生忘れません!」

「「「姫大公殿下、万歳! 聖クリスティア公国、万歳!」」」


 なんだか収拾がつかなくなってきたバルテスさんたちの様子に、私は困った顔をして隣にいたグレイさんを仰ぎ見たが、


「別にいいじゃねぇか。シルフィードより、ちょいと規模が大きくなっただけだ。諦めろ、


 と、肩をすくめて処置なしといった風情で諭されガクリと肩を落とした。


 こうしてハイランド王国に知らせる前に聖クリスティア公国の大公として祭り上げられた私は、両親やお兄様たち、ひいては陛下にどう説明しようかと頭を悩ませることになるのであった。


 ◇


 ドラゴンの脅威が去り大陸の南に境界を設ける必要も無くなったことから、南の砂漠地帯に運河を通して一気に緑化を進めた私は、その先にある肥沃な大地の開発を進めた。かつての故郷に帰れたと喜ぶ人々のために各地を復旧してまわり、ついでにエリシエールの都会的な利便性を各地につくり込んでいった。


「なあ、お嬢。もう、シルフィードは兄ちゃんに任せて、こっちに住んだ方がいいんじゃねぇか」


 そう言って赤ワインに酔いしれるブレイズさんに、その手もあるかと真面目に検討を始める。


「そうね…こっちならスパイス以外、イストリア王国と貿易しなくても一国で賄えるものね」


 北部の感想地帯でオリーブやブドウを育ててオイルやワインを生産し、南の肥沃な大地で小麦や野菜、後は綿花を栽培する。ガルフィードが眠っていたという火山地帯には純度の高い鉄鉱石が採掘でき、さらに南に行くと海岸線まで熱帯雨林が広がっていた。

 今ではチョコレートの原料になるカカオやコーヒー豆、サトウキビ、バナナ、天然ゴムの木なども見つかり、住民の食生活が次第に豊かになっている。スパイスもやろうと思えば栽培できるでしょう。

 衣食住、全てにおいてハイランド王国とイストリア王国を合わせたよりも規模も質も凌駕していた。というか、忙しさにかまけて報告を後回しにして邁進した結果よ!


「そろそろデビュタントだと言われているし、ついでに陛下に報告して相談するわ」

「デビュタントだ? シルフィード伯爵をしているお嬢が今更デビュタントに出ても意味ないだろ」

「お父様やお母様がドレスを着た私を見たいんですって。先に伯爵になってしまったけど、十二歳の節目として必ず出るように言われたわ」


 幸い、ダンスは以前みっちり仕込まれたし、十二歳が主体のパーティなら問題ないはず。


「そうか。お嬢が十二歳か。あのチンチクリンが立派に…なってねぇが、俺も歳を取ったわけだ。そろそろ冒険者は引退するか」

「え? それなら、クリスティアで騎士団長をしてよ。バルテスさんに人選を頼まれていたの」

「はあ? 俺は騎士なんて柄じゃねぇだろ」

「それを言ったら、私だって姫様とか太公なんて柄じゃない。それにドラゴンの影響で男性は少ないから、騎士団長になればお嫁さんも選び放題よ! というか、グレイさんを紹介してくれって、女官たちにうるさいほど言われてるのよ!」


 私は姿絵の束をマジックボックスから出すと、グレイさんに押し付けた。


「こ、こんなにかよ! この俺がそんなにモテる日がやってくるとは思わなかった」

「なんでよ。バルテスさんをはじめとして男性陣は軒並み結婚もしくは再婚してるのに、独身のグレイさんが狙われていないとでも思っていたの?」


 バルテスさん以上に古参で私と親しく話すグレイさんは傍目には腹心にしか見えない。ハッキリ言ってグレイさんは狙い目過ぎた。


「わかった。騎士団長になるが、相手はちょっと考えさせてくれ」

「別に一人じゃなくてもいいわよ。三人でも四人でも、ここでは普通よ」


 その後エリシエールの留守をグレイさんとバルテスさんに任せると、久しぶりに私はシルフィードに帰還した。

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