第34話 避難都市エリシエール
「ここが私が開拓して建てた都市、エリシエールよ!」
「…」
まったく同じ相貌をしたデジタルツインに最初は驚いていたバルテスさんたちも、後ろからしがみ付くようにしてフライで高速飛行を始めると次第に言葉を発しなくなり、開かれた近代都市を見せると全員黙り込んでしまった。
「グレイさんまでどうしたの? 砂漠で脱水症状でも起こしたのなら、ポーションをあげるわよ」
「ちげぇよ! 最初に会った森の中の開拓村もおかしかったが、こいつはさらに頭がぶっ飛んでやがる! ハイデルベルクの王都なんて目じゃねぇ規模だろォ!」
そりゃあ、よくて中世くらいの王都と五階建てくらいの建築物が立ち並ぶ都市とを比べてもらったら困るわ。まだまだ現代の東京や地方の中核都市には及ばないまでも、湖の湖畔に建てた城を中心にデフォルト六車線道路で区画整理された街は、都市作りのシミュレーションゲームで百万人規模が狙えるように都市計画をしたつもりなのよ。大体、千九百年代前半くらいまで来たかしら。
そんな都市を前にして、やがて固まっていたバルテスさんが再起動する。
「そ、それでは街の住民の方々にご挨拶を…」
「いないわよ? これは私の趣味で建てた箱庭都市だから好きな場所に住んで」
「…は?」
また固まってしまったので、とりあえず近くの建物に入り、生活に必要な情報として水やお湯の出し方、お風呂にトイレ、空調器に調理器具など、基本的な魔道具の使い方を説明していく。
「幸い、西の海岸でグレイさんが魔獣を乱獲しているから肉だけは腐るほどあるわ。毎日、配給に来るから何か不都合があったら言ってね」
「ありがとうございます。聖女様」
「…はい?」
気がつけば、バルテスさんをはじめとして難民の人達が全員、ひざまづいて私を拝んでいた。おかしいわね。別の大陸に来たから、聖女認定話は伝わっていないはずなのに。
そう思って首を傾げていると、グレイさんからツッコミが入る。
「アホか。何も知らなくても、他に住民もいないのにこんなものを一人で建てられるやつがいるとしたら、そいつは神かその関係者だけだろう」
「そんなことないわよ。あと百年もすれば、普通にもっとすごいのが建てられるようになっているはずよ…私が指導したり教鞭を取ればの話だけど」
とにかく必要事項は伝えたことだし、私の方は南の古竜対策でも考えることにしよう。
◇
マップの縮尺を伸ばして大陸の南を探ると、空白の円の中心に赤い点が一つだけ灯る。おそらくこの点が古竜なのだろう。
「ねえ、ファルコ。距離を取って暮らしていれば、別に古竜を倒さなくてもいいと思わない?」
神様は見つけたら倒して欲しいと言っていたけど、一定の距離を保てば襲われないのなら百獣の王が一匹生息していたところで問題ないはず。
「そうかもしれないけど、エサが居なくなったら北上してくるかもしれないよ! その前に、南にいる人間たちは全部食べられちゃうと思うけど!」
「えぇ…それはちょっと気分が悪いわ」
円の外側にいる人口は、ハイランド王国と同じくらいにのぼる。それなら駆除する方向で考えましょうか。
「仕方ないわ。火竜なら六万五千人体制で全力の氷魔法を放ってデジタルツインを解除してを繰り返せば冬眠するかしら。あるいはデジタルツインを丸呑みさせて内側から凍らせるとかもいいわね」
「えー! そんなせこい真似をしなくても大丈夫だよ! エリスには聖剣があるじゃないか!」
「えーって言いたいのはこっちよ。城のような巨大な竜に剣で挑むなんて馬鹿げているわ」
突き刺さっても足に棘が刺さったようにチクッっとするだけでしょう。
「そんなこと言うなら、一度使ってみればいいよ! ほら、解放ワードを唱えて!」
「それもそうね。えっと…マテリアル・エンジェル・バースト・リリース」
周囲がカッっと眩しい閃光に包まれたかと思うと、右手にちょうど良い大きさのショートソードが現れた。
「ちょっと。扱いやすそうだけど、こんな小さな剣でどうしろって言うのよ」
『今のエリスに一番使いやすい形状になっただけだよ! それに、威力は変わらないから空に向かって切り上げてみてよ!』
「本当かしら…えいっ!」
切り上げた直後、空に浮かんだ浮雲が遠くまで真っ二つに切り裂かれた。見た目の割りに遠くまで斬撃が届くようだけど、雲が切れてもドラゴンが切れるかわからない。
「手応えないわね。これくらいなら私でもできるわ。ウィンド・カッター!」
建築で鍛えた馬鹿魔力により、同じように雲を切り裂いてみせる。
『それはエリスがおかしいんだよ! でも大丈夫。聖剣に魔力を込めれて撃てば魔法の威力を倍増できるよ!』
「そうなんだ。ファルコを使えば道路工事もはかどりそうね…マテリアル・エンジェル・リ・シール」
剣の実体化を解くと、いつものファルコがプリプリした表情をしていた。
「仮にも聖剣をそんなことに利用するなんておかしいよ!」
「何を言っているの? ファルコは聖剣である前に私のヘルプなんだから、なんら用途は間違っていないわ」
こうして聖剣という名の魔法増幅器を手にした私は、東に向けて開拓を進めるのであった。
◇
「なんだか、すっかり都市国家になってしまったわね」
新たに手にした
「姫様、本日の入国者で南に住んでいた者たちはほぼ全て収容されたそうです」
「それは良かったわ。食料は足りているのかしら?」
「姫様が用意されました畑に植えた芋は順調に収穫を終えており、運河により東西の海で漁獲された魚も冷凍庫で運ばれるようになり、万事順調に進んでおります」
「そう…ところでマリアさん、姫様はやめない?」
あれからバルテスさんや避難してきた団体の長により人員管理や配給制度を整えたところ、いつの頃からか私は姫様と呼ばれるようになってしまった。
「もう、諦めてください。姫様なしでは、この国は成り立たないのです」
そう言って礼をして退室していく女官長マリアさんの後ろ姿を見送りながら私は溜息をつく。すると、そばに控えていたグレイさんが感慨深げにいう。
「いよいよ、クリスティア公国が現実味を帯びてきたな。いや、聖クリスティア公国か?」
「困ったわね。ちょっとしたジオラマというか街作りシミュレーションゲームの感覚でいたのに」
「なんだ、そのジオラマだのシミュレーションゲームというのは」
「えーっと、大人の遊戯の一種よ」
「…とんでもない遊戯だな」
この世界に生まれ変わる前は、メタバース空間で意味もなく建築限界まで高層ビルを建てたり渋滞が起こらない街を作って遊んだわ。その経験が生きたというわけでもないだろうけど、初めから六車線で作ったのもあり収容率五十パーセントの余裕がある都市が出来上がっている。
「そろそろ、ブルーノお兄様に来てもらって事情を説明しないといけないかしら。いっそ、このまま黙っているのも手かも…」
「そろそろって、まだ知らせてなかったのか!? というか、ずっとこっちにいて問題ないのか?」
「シルフィードにはお兄様がいるし、私が張り付いていなくても領地経営は成り立つもの」
シルフィードのデジタルツインから統合した記憶を探るに、むしろ急な開発をしなくなって年齢相応に旅行に興じているようで良かったと思われている節がある。お兄様も、結婚のお相手を見つけるために落ち着いた期間が必要だから婚活を頑張ってほしい。
そんなお兄様の様子や私の心境を話して聞かせると、グレイさんは呆れて言った。
「お嬢が落ち着くわけないのになぁ。こんな小さな頃、邸を抜け出して森を開拓していたのが可愛く思えるほどだ」
私が七歳くらいの頃の身長の位置に手を持ってきたグレイさんは、大袈裟な身振りで出会った当時のことを語り出す。あの頃はMPが少なくて大変だったわね。十二歳になって心身ともに成長した私は、この五年の年月を振り返って懐かしい思いに駆られる。
そんな時だった、脳内のマップに南から赤い点が飛来してくるのを感知したのは。
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