第33話 南部からの難民
カストリアやシルフィードと違って完全にフリーハンドで開拓して構わない広大な大地で、春の過ごしやすい季節にデジタルツインをフル活用して六万人体制で開拓を進めていった私は、自由気ままな開拓ライフを送っていた。
森を切り開いて内陸の乾燥地帯まで整備された道路を通すと、南大陸にあった砂漠の緑化で得たノウハウにより潤沢な水が湧き出るスポットを作っていき、徐々に住みやすい土地へと変化させている。
やがて自然に存在していた大きな湖まで水路を引いた私は、湖畔に建てた城を中心とした近代的な都市を建築していた。
「ねえ、エリス。どうしてわざわざ砂漠の緑化なんかしてるのさ。海岸線の森林地帯なら、カストリアの開拓村みたいに暮らしやすい場所を作れるはずだよね?」
ファルコが不思議そうな顔をして尋ねてきた。
「なんだか、五万人規模で毎日のように開拓して、道路整備、水路整備、住宅建築をしているうちに、土地開発の楽しみを学習してしまったようなの」
DIYを極めて行くうちにこの手で村や街、果ては都市の建築もしてみたくなる。今なら五階建てくらいの小規模なビルも建てられるようになったし、中世風の街並みではない新しい建築様式を誰もいないこの広い大地で試したい。
「同じことばかりしていると、発展性がないよ!」
「わかってるわよ、だから残り一万五千人は金属加工、化学合成、電力発電、農業、林業、畜産業、酒造とかの研究をさせているのよ」
錬金術で合成すればガソリンやバイオ燃料もできるし、数年以内に自動車や産業機械、農業機械を作って一気に近代化の道を進みたいところだわ。
◇
そんな大規模な箱庭都市の建築を推し進めていたある日、南から難民の集団が移動してくるのが脳内マップに表示された。南には緩衝地帯として砂漠を残しておいたはずだけど、何もなかった北の大地に来るなんて自殺行為だわ。
「グレイさん。南から結構な人数で人が移動してきてるんだけど、どうしたらいいと思う? 盗賊や野党ではないみたいなんだけど」
盗賊や野盗の類ならマップに赤く表示されるはず。でも、特にそのようなことはなく、不審者は魔法でぶっ飛ばすということもできないでいた。
「よし、俺が先頭に立って話を聞いてみよう。お嬢も何人か分体を後ろに待機させていてくれ」
「わかったわ。言葉が通じるといいんだけど…」
「大丈夫だよ。この大陸の人間も同じ言葉を使っているよ!」
ファルコの言葉に安心した私は、村人の倍以上のデジタルツインを引き連れてグレイさんを接近する集団の場所に連れて行った。
◇
「あれがそう…なんだけど、なんだか様子がおかしいわね」
「おいおい。ありゃあ、難民じゃないか? 戦争や魔獣被害で、街や村を追われた集団って感じだな。昔、そういう集団を見たことがある」
少しでも警戒していたのが馬鹿らしくなるほど悄然とした集団を見て、グレイさんは緊張を解いた。
「だからって、こんな何もない砂漠に来るなんて…南東や南西に行けば住みやすい場所があるはずよ」
「だから、そっちから住む場所を追い立てられたんだろ。止むに止まれぬ事情がなけりゃあ、ああはならねぇ。わざわざ砂漠に来て開拓を始めるのはお嬢くらいのもんだ」
グレイさんはそう言って残り少ない水筒を幼い子供に分け与える母親の姿を指して言う。
「ほら、男がやけに少ないだろ? 女子供だけで移動するなんざ、魔獣の集団か戦争のどちらかしかねぇ」
「そうなんだ、かわいそうに。助けてあげようかしら」
「助けたら、今度はこっちが南のなんらかの脅威に向き合う可能性があるが、覚悟はできているのか?」
「うーん…でも、ここで見捨てたらあの人たちは全滅よ」
私が住みやすく環境改善した水源豊かな居住区までは、まだまだ距離がある。春から始めた開拓も今では夏に差し掛かり日差しも強い。たどり着く前に、大人はともかく子供は脱水症状などで死んでしまうだろう。見たところ、水も食料もそれほど持っていない。
「仕方ねぇな…まあ、お嬢がいればどうとでも対処できるだろ。だから、そんな顔をするな」
気がつけば目を潤ませていた私に、グレイさんは頭を乱暴に撫でた。しばらくそうしているうちに、なんとなく落ち着いてくる。どうやら、まだまだ精神年齢が成熟に達していないようだ。私は少し恥ずかしさを覚えつつ、提案する。
「もう大丈夫よ。じゃあ、フライであの人たちを湖畔の都市に連れていって住んでもらうことにするわ。あれくらいの団体が十や百来ても問題ない規模になっているし」
なんせ、五階建てがデフォルトだ。昔の公団住宅のようなモデル地区も設けてある。好きに住んで貰えばいいし、食料はグレイさんの毎日の狩りで肉だけは困らない程あるから大丈夫だろう。畑はまだ収穫できる時期じゃないので、少し小麦粉を買い付けて持ってこないといけないけど、たいした量ではない。
そう説明した私に、グレイさんは呆れた様子で答えた。
「おいおい、そんなものを内陸に建てていたのか。お嬢のシルフィードの街にもないだろ」
「高層建築のテストケースだから、安定するまで人が実際に住むシルフィードで試すわけにはいかなかったの。でも、もう十分に頑丈に作れるようになったから大丈夫よ」
「そうか。じゃあ、そろそろ話をしに行くか」
私は軽く頷くと、グレイさんと共に難民の集団に近づいて行くのだった。
◇
向こうからも視認できる距離まで近づいたところ、初老の男性がみんなを庇うようにして前に出た。私のデジタルツインたちはフードを目深に被って同一人物と悟らせないように顔を隠していたが、背格好から子供であることを察するとやや警戒を解いたようだ。
「あなた方はどこからいらしたのですか」
「ここからずっと北にある開拓地からだ。おかしな集団が北に移動してきていることを察知して警戒に来たんだが…どうやら、警戒するような団体じゃなさそうなので姿を見せたわけだ」
そう言ってグレイさんは肩をすくめると、初老の男性は自らをバルテスと名乗り、南から避難してきた事情を話し始めた。
「私どもはここからずっと南にある街で生活をしておりましたが、ある日、火山の噴火と共に巨大なドラゴンが姿を現し、各地を荒らし始めたのです」
「ドラゴンだと? 確かに強力な魔獣だが、こんな砂漠のど真ん中に来るよりは百人以上で戦った方がいいだろ」
「いえ…百人どころか千人でも容易く蹴散らされるほどの強力なファイアー・ドラゴンで、城ほどの巨躯に槍や矢は刺さりもしませんでした。ご覧の通り戦える男は既にいません。どうか、あなた方の街に受け入れていただけませんでしょうか」
どれくらいの大きさの城かはわからないけど、全長数十メートルくらいかしら。どうやら普通の人間が倒せるような存在じゃないみたいね。なんだか聞いたような気がするけどなんだったかしら。
そう私が何か引っかかるものを感じて首を捻っていると、ファルコからとんでもない事実が知らされた。
「エリスはもう忘れちゃったの? 神様が設定値を間違えた四体の古竜がいるって説明してたでしょ! ちょっと一つ桁を間違えて十倍くらいの大きさにしたみたいだよ!」
「はあ? 間違えすぎでしょ。どうやったらそんなミスが発生するのよ」
「なんだか参考にしたデータにバハムートっていう空想上の竜がいて、群れの長はそういうものかと思ったんだって!」
「そんなものじゃないわよ! 少し考えたら十倍も大きな竜が同じ群れにいるわけないって気づくでしょ!」
宇宙丸ごと創世していたら恐竜と馬くらいの大きさの違いは誤差なのかもしれないけど、私を複製した魂と間違えるし大雑把すぎる。
その後グレイさんがいくつか確認をして問題なしと判断すると、古竜に襲われ難民となったバルテスさんたちを抱え、フライで北の都市に連れていったのだった。
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