顔文字を知らない天才少女が初めて顔文字を見たら

田中勇道

顔文字を知らない天才少女が初めて顔文字を見たら

 私は幼い頃から「天才」と呼ばれていた。これは自慢ではなく周りが勝手にそう呼んでいたのだ。

 二歳で九九を覚え、三歳で簡単な一次方程式、五歳で連立方程式と二次方程式、小学校に入る頃には因数定理を使う高次方程式も解けるようになった。

 だから学校の授業はとてもつまらなかったし、先生から「まじめにしなさい」とよく注意された。児童たちも私を変人扱い。高校生になると私の能力に嫉妬した生徒がテストでカンニングをしたなどとあられもない嘘を流す始末。もう限界だった。

 

 そんなときに現れたのがリカという女子生徒だった。彼女も幼い頃から知能が高く、他人と考えが合わずに苦労してきたという。友達はいるけど、形式だけであまり交流はしていないらしい。

 リカと連絡先を交換してから積極的にLINEで会話したり、直接会って勉強を教えたりと毎日が楽しくなった。そんな彼女は趣味でブログをやっている。とは言っても、更新は不定期で文字数も百文字あるかないかといった程度。本人曰く「なんとなく始めただけだからめっちゃ適当」とのこと。


「あ、更新されてる」


 今日の英語、小テストで初の満点!テスト嫌いだけどこれは嬉しい(*´∀`*)

 これが本番だったらもっと嬉しかったんだけどな~


「……えーと」


 内容はとてもシンプルだ。率直に「おめでとう!」と言いたいんだけど、


 「この『(*´∀`*)』は何?」


 文の最後に「w」が入っていることは何度かあった。ただの打ち間違いだと思うけど、この記号等は意図的に入れている。

 これはどう解釈すればいいんだろう。真ん中の「∀」は論理式の述語論理で使われる全称記号。ALL(すべて)のAを逆さにしたもの。両側のアクセント記号とアスタリスク。そして括弧。……さっぱり意味がわからない。

 

 ∀は文字(個体変項)を使って∀xF(x)とか存在記号「∃」と組み合わせて∀x∃yF(x,y)みたいに表すのが普通。例えば「人は誰しも好きな人がいる」は「すべての人は好きな人が存在する」とも言える。個体変項をx,yとして「xはyが好きである」をLIKE(x,y)とすれば

 

 ∀x∃yLIKE(x,y)

 

 みたいに記号化できる。

 でも、「(*´∀`*)」はもはや論理式ですらないし、そもそも日記ブログで論理式を使う人なんていない。

 英語のテストだから英語に関係があるのだろうか。各記号を単語に変換するとか?


 (*´∀`*) 変換 (asterisk accent all accent asterisk)


「関係なさそう」


 でも単語の頭文字ですべて「a」なのが気になる。偶然一致した可能性もあるけど、もしかしたら何かヒントが得られるかもしれない。



「……全然わからない」


 結局、一時間考え続けて得られたものは何もなかった。しまいには「(*´∀`*)」が顔に見えた。


「疲れてるのかも」


 ずっと集中してたから仕方ない。休憩でもしよう。


「直接訊いた方が早いけど……」 


 友達の伝えたいメッセージが理解できないなんて、それは本当に友達と言えるのだろうか。……いな! 自力で解けないと意味がない。私は汗を拭って再びパソコン画面に目を移した。


「過去ログはどうなんだろう」


 私は「記事一覧」と書かれたリンクをクリックして、似たようなものがないか探す。


「……何これ」


 昨日、友達とLINEして顔文字使ったら「まだ顔文字使ってるんだw」ってバカにされた。

 私ってもう古いのかな(´・ω・`)…縁切るつもりだったから別にいいけどw

 

「顔文字?」


 日付を確認すると、リカが顔文字とやらを指摘された日に私はリカとLINEで連絡していない。というか、今度は「(´・ω・`)」か。

 ……もしかしてこの「(´・ω・`)」が顔文字? よく見たら落ち込んでいる顔っぽく見える。「(*´∀`*)」は照れてる感じ。

 私はリカとLINEをして半年ほど経つけど、顔文字が入ったメッセージが送られてきたことはない。多分馬鹿にされるのを恐れて避けていたのだろう。そもそも私は顔文字知らなかったけど……。

 

 それにしても顔文字程度で人をけなすなんて愚かとしか言いようがない。まあ、この記事を見る限りリカも気にしてないみたいだし大丈夫だろう。

 気になるのは文の最後にある「w」だ。お互い意味は知っているようだけど私にはさっぱりわからない。

 いちいち考えるのも面倒になり、私はリカに直接訊くことにした。


『もしもし』

「リカ。エミだけど時間大丈夫?」

『大丈夫だけど、そっちから連絡してくるなんて珍しいね』

「まあね。今日ブログ見たよ。小テスト満点おめでとう」

『おー!! 見てくれたんだ! そうなんだよすごいでしょ』

「うん。顔文字も可愛かったよ」

『え、ホント?』

「うん。でさ、リカたまに文の最後に『w』入れることあるでしょ? 私、流行にうとくてよくわからなかったんだ。どういう意味なの?」


 リカは私が「w」の意味を知らなかったことが意外だったのか「え!?」と素っ頓狂な声を上げた。


『エミ知らなかったんだ。あれは流行してるってわけじゃないんだけど……そうだな~、雑誌のインタビュー記事とかで文の最後に『笑』って文字入ってるとこ見たことない?』

「あ~、たまにあるね」

『意味はそれと一緒。『草が生える』って言うこともあるんだけどね』

「草が生える?」

『ほら、wを横に並べたら草が生えてるように見えない?』


 私はリカの言葉を聞いてイメージする。


『wwwwwwwwwwww』

 

「……確かにそう見えなくもないね」

『でしょー?』


 意味はわかったけど、わざわざ草をはやさなくても「面白い」で充分だと思うのは私だけだろうか。


『あ、そうそう顔文字で思い出したんだけど、わたしそれで馬鹿にされたことあったんだよね』

「過去ログで見たよ。『縁切るからいいけどw』ってやつ」

『へぇ。エミ過去ログまで見てるの? リカはどう思う? 顔文字ってもう古いかな』

「私は別に古いとか思ったことないよ」


 そもそも知らなかったし。


『よかった~。最初はめっちゃ腹立って『どうせババるくせに』って叫びそうになったもん』

「……ババる?」

『『ババアになる』って意味。私が作った造語』

「リカ、造語作ったんだ……『ジジる』もあるの?」

『あるよ。使ったことはないけどね』

「『ババる』は使ったことあるんだ」

『あるっていうか、今日初めて使った』

「へぇ」


 私は一瞬リカと縁を切ろうかと本気で思った……ババりたくないなぁ。

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