一匹狼と鬼の子

廣瀬侑理

少女A

 幼い頃から、家族にも、友人にも、ひた隠しにしてきたことがある。

血が逆流する感覚、息が荒くなる、苦しい、呼吸が出来ない。

どうして、私だけ…

今まで誰にも言わず耐えてきた。

でも、もう、限界かもしれない。

もう、いっそ……




──────────ザワザワザワ……

 時期は真夏、東京都渋谷区にあるスクランブル交差点。

昼間だからか、かなりの人混みだ。

気温は32°くらいだが、人混みの所為で体感温度40°くらいにはなっているだろう。

そんな中、私は長袖パーカーにジーンズというほぼ自殺行為ともとれる格好をしている。

勿論、好き好んでこんな格好をしている訳では無い。


隠さなければ、ならないのだ。


頭部から伸びる二本の角、酷く鋭利な八重歯、身体中に巡る奇妙な模様、長く伸びた爪。

自分でも気味が悪い。

もしも人に晒されようものなら、畏怖嫌厭な視線を向けられ、好奇の目で見られる事はまず間違いないだろう。

だから私は、隠さなければいけないのだ。

両親にも、無論、友人にも。


失うのが怖いから。


このような身体的特徴が出るのは毎日という訳ではない。

一月に二、三回程度だ。

しかし、発生時にはとてつもない痛みと苦しみを伴う。

そう、つい先程発生した痛みだ。

慌ててコンビニの裏側に隠れ、一時をやり過ごした。

唐突で、予測出来ないものだから、タチが悪い。


初めて発生したのは7歳の頃、当時小学一年生だった私はいつも通り、公園で友達と遊んでいた。

丁度トイレに行こうとしたタイミングだ。

とてつもない痛みが私を襲った。

私は壁にもたれかかり、そのまましゃがみこみ、呼吸もまともに出来なくなっていた。

落ち着いてきた頃、私はふと顔をあげた。

手洗い場の姿見に写っていたのは、汗をびっしょりとかき、虚ろな瞳孔を震わせながら眼を見開いている、まるで、鬼のような姿をした私だった。

幸い、近くに人はいなかった。

私はトイレに閉じこもり、心配して様子を見に来てくれた友達には「お腹が痛い」、と言ってやり過ごした。

30分ほど経つと、だんだんと伸びた爪が短くなっていく。

幼いながらにもこの状況が異常だと、その時初めて頭で理解した。


昔から少しづつ変身時間(?)と言っていいのだろうか、数十分で治まっていたのが最近は1時間程度まで増えている。

発生中は身体の節々が痛むが、波が治まった後は不思議と痛みは消える。それでも隠すのは大変だが…

何故他の人は普通に暮らしていけるんだ、どうして私だけなんだ。

何度同じ事を思ったことか。


そんなこんなで、私は今、テロを起こそうとしている────────

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