第3話
ある少し春めいた日に、琴子は高校入学準備のために、制服を注文をしに母に連れられ出かけた。
母は満足そうに「あの女子高の制服をお願いします。」と言った。
制服屋さんも「あの女子高に入られたんですか。おめでとうございます」と上機嫌に答えた。
制服の採寸をすると「お嬢さん、身長の割にはお痩せですね。でもおかしくない程度にゆとりをもってお作りしましょう」と言った。
母は「この子はいつも痩せているのよ。上に兄もいるけどやはり細いのよねぇ」と言った。
人間10キロ痩せたら、親は普通は心配するのが当たり前のような気がする。
現に琴子が結婚をし娘が受験時に少し痩せた。
受験は神経を使うのだろう。
娘が合格した時は、琴子は何か好きなものでも食べさせてやろう。お祝いのケーキもホールで頼んで娘の合格を祝ったものである。
昔と時代が違うとはいえ、母は女子高に入った娘がいるということに満足し、他の心配はしていないようだった。
高校生活もやはり淡々と始まった。
受験で兄よりも点数がとれたので、最初は向学心に燃えていた。
高校から帰ると復習、予習をした。そして家事の手伝いで夕飯を作ったり、洗濯物を畳んだりしたものだ。
だが次第に勉強に身に入らなくなる。
高校の進路は決定されたものの、大学には行かなくてよいと言われたのだ。
兄は大学に行き、仕送りを受けて一人暮らしをしている。
だが、女である琴子は一人暮らしなどとんでもないという考えの両親だった。
親からは公務員試験を受け、高校を卒業したら働けと言われた。
琴子は凄く勉強が好きな訳ではない。
でも琴子は自身が大人になり、娘を育てているうちに、大学に進学していればと思わない日はなかった。
公務員試験の勉強をしなくては行けないが、それも身に入らない。
全てが思い通りにはならず、ズレていくのだ。
琴子は次第に勉強はしなくなり、家にもまっすぐ帰らなくなった。
友達と夜まで遊んでいたり、親に内緒でバイトをするようになった。
そのお金で自分の好きなものを買い、埋められない何かを誤魔化していた。
親も不思議と干渉しなくなっていた。
大学に行かす気がないのだから、勉強しなくても気にならないのだろう。
高校2年の時に京都、奈良へ修学旅行に行った。
お決まりのコースではあるが、新幹線に乗れることが楽しみであった。
しかし間が悪いことに奈良の訪問中に台風による大雨で皆ずぶぬれになってしまった。
「寒い、寒い!」と皆がバスの中で言ってはいたが、皆笑いながらお土産を何を買うか話をしていた。
宿に着き、皆お風呂に入り、食事を済ました。
明日は京都の清水寺に行くことになっている。
琴子は紅葉の綺麗なこの時期に是非清水寺を見ておきたかった。
だが、琴子はお風呂に入った後、寒気がするようになった。
琴子は迷ったが、母に電話した。
「お母さん、なんだか寒気がする、ちょっとのども痛い気がするの」と言うと、母は間髪入れずに「また薄着でいたりしていたんでしょ!電話してきたもどうしようもないんだから。」と言われ琴子は何も言わず電話を切った。涙がじわっとあふれてきた。
でも同級生に気取られてはならないと袖で涙を拭き、笑顔で皆のもとに戻った。
次の日、朝起きると気だるかった。誰にも言わず、朝ごはんを皆で食べに食堂に向かった。
あまり食べれず、修学旅行は団体行動なのでスケジュールが分刻みだ。
バタバタバタと荷物をまとめ、集合場所へいき、バスに乗り込んだ。
京都の朝は寒かった。
琴子には余計に寒く感じた。
悪寒がし、何となく熱っぽい。
口数少なくバスに乗っていると、清水寺に着いた。
皆と一緒に歩いていき、あの「清水の舞台から飛び降りる」という言葉が本当にわかる位に、絶景だが怖いほど空間が抜けており、でも上をみると紅葉がとても綺麗であった。
「綺麗だねぇ〜」という子もいれば「怖いな…」という子もいた。
琴子は真っ先にここからおちたら助からないだろうなということを思った。
清水寺は綺麗であったと思う。
だが、体調が芳しくない為か、あまり景色を見ることに集中ができなかった。
一通り見学が終わり、バスに戻ってきたところで、担任の先生に体調の悪さを訴えたところ、体温計を持ってきてくれた。
測ると38度を超える熱がでていた。
次の見学場所もお寺だったが、琴子はバスで休んでいるようにと言われた。
琴子は「私はなんか前世で悪いことでもしたのかなぁ。ついてないなぁ」と思いながら後ろのバスの席に横になり、皆の帰りを待っていた。
皆はとても心配してくれ、新幹線の中でも「ジュース持ってきてあげる」と言ってくれたり、「寒くない?」と気遣ってくれて有り難かった。
東京駅に着くと両親が迎えに来ていて琴子はびっくりたした。
両親は「お騒がせして申し訳ありません。ありがとうございました」と丁寧にお礼を述べた。
琴子は怒られると思ったが、車に毛布が積まれており、「家に着くまで寝ていなさい」と言われた。
琴子は毛布の暖かさもあったが、親の温かさに触れた気がした。
そのまま直接病院に行き、咽頭炎だと言われ薬をもらって帰った。
熱が2日ほど続くと下がり、体調も良くなった。
琴子はおぼろげに美しくもあり、下を見ると恐ろしいあの清水寺を生きているうちにもう一度訪れてみたいと思った。
3年になるといよいよ進路を決めなくてはならない。
夏休みになり、大学を目指す子達は必死で勉強してることだろう。
しかし、琴子は家事を手伝いながら、畳に横になったりして暇を潰した。
ふと、各大学の紹介本が目に入った。
それを見るのが琴子の楽しみの一つであった。
特に音楽大学の詳細がかいてあるページを熱心に見た。
見ても受験出来るわけでもないのだが、なんとなく楽しかったのである。と同時にピアノへの思いは焚き火の跡の種火のようにくすぶっていた。
ピアノがあるのだから弾けばいいのだが、やはり遠慮する気持ちがあり、あまり弾くことがなかった。
そうした毎日を過ごしているうちに夏休みは終わり、秋になった。
「進路はどうするんだ?」と担任の先生に聞かれ、「専門学校に行こうと思ってるので親と話をしてみます」と言った。
琴子は裁縫も好きであった。最初は祖母が女の子だから裁縫位はできないという事で、靴下の繕い方などを教わった。
裁縫は無心になることができる。
よくビーズなどで立体的な動物を作ったり、生地を買ってきて自分でバックを作ったりした。
調べてみると通える範囲に服飾の専門学校があった。
親に「ここの専門学校に行きたい。」と言うと「公務員にどうしてならなかったの、お兄ちゃんにお金がかかるのに」と言われたが渋々了承をしてくれた。
専門学校の試験は簡単であった。
内申書を提出し、面接を受ければほぼ受かる。
実際に琴子も入学を許可される。
本当は東京の専門学校に行きたかったが、東京なんてダメだと言われるのがわかっていた。
妥協した進路だった。
何年かバイトをしてから、東京の専門学校に行こうと思ってもいたが、絶対に一人暮らしを許してくれる親ではないことは重々承知していた。
とりあえずの進路が決まり、3月に無事に卒業して、琴子の高校生活は終わったのである。
渇望 渡しのぶ @patako34
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。渇望の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
オンナ徒然記 /渡しのぶ
★6 エッセイ・ノンフィクション 連載中 19話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます