アビスという名の魔獣

真榊明星

第1話 あなたへ

 日本には二十一世紀になっても秘密を明かさない、未知なる力を秘めた一族が存在します。

 部屋を暗くして部屋の隅でビクビクおびえながらこれを書いているボクもそんな一族のもとに生まれました。

 この落書きのような文章は恐らく誰にも読まれることはないでしょうが、これを書くことでボクは今夜も眠れるようになるので、手段として書く他ありません。でなければボクは近いうちに魔獣に食べられて死んでしまうでしょう……。


 あれは二ヶ月ほど前のことでした。

 謎の高熱に苦しみながらもどうにか眠りについた時のこと――不思議な夢を見たのです。

 満月が輝く真夜中、どこか知らない場所にたくさんの人がいて、その中にボクも混ざっていました。

 彼らには顔というものはなく(ボクにはそう見えただけなのかもしれません……)、耳を傾けても誰一人として話をしている人はいませんでした。

 ただ彼らは列をつくっていました。どこへ続くとも分からない列に次々と並び、それは少しずつ少しずつ確かに進んでいきます。

 気がつくとボクもその列に並んでいました。

 けれども、決して自分の意思ではありません。

 まるでテレビや動画をつぎへスキップしたときのように、ほんの一瞬でつぎの場面へ飛んで並んでいたのです。

 その時にはじめて――ああ、これは夢なんだ、とボクは思いました。

 思いましたが……、ただそれだけです。列から退くことも、見ている夢が次のシーンへ行くのを阻止することもできません。ましてや目覚めるなんてもっての他です。

 何となく夢であると分かっていてもどうすることも出来ないのです。

 そのうち、景色が変わって――ぽつんと佇む古びたゲームセンターが現れました。見覚えはなく、その他には何もありません。

 というのは真実ではなく、その背景として蜃気楼のごとく建物群が遠くのほうに薄らと見えますが、近くにハッキリと見えるのはその古びたゲームセンターだけでした。

 あとは真っ暗な大地が広がっていました。まるで闇夜が天空のみならず、大地にまで染みこんだかのようでした。

 見えない何かに操られるボクは、ゲームセンターに入っていきます。

 どこか懐かしいようで聞き覚えのない、からんからん、という音が木霊し、やがてしんと静まり返った店内にボクはただ立ちつくしていました。

 店内には三人ないしは四人の客とおぼしき人達がいて、それぞれゲームで遊んでいました(あるいは、ただ座っていただけなのかもしれません)。

 ボクはふと、なんでここにいるんだろう? と疑問を抱きました。

 いえ、そう疑問を抱かされました。

 その問いかけそのものに何か意味があるようでしたが、それについては未だにわかりません。

 それから程なくして、あるいは一瞬にして、ボクは外を眺めました。

 店の前には相変わらず顔をもたない人々が列をつくっています。

 ひたすら前を向いて、何も話さず、何もすることなく、まるでそれが存在する意義であるかのように……。

 そこではじめて興味がわきました。この先にはいったい何があるのだろう、と。

 すると、また一瞬で次のシーンに移り、ボクは列に並びました。

 今度はボクの意思で動いたようでした。

 さて、いよいよです。

 今思えばあのゲームセンターは最後の楽園――安息地だったのかもしれません。恐らくそこでこの悪夢から覚めるのが理想だったのでしょう。

 しかし、ボクは覚めることなく、自らの意思で次へ進みました。


 人々が列となって、とても長い一本の道をつくっているのが見えます。ボクもまっすぐ前を向いて、もう何も未練など無いようにその列の一部分となっていました。

 ふと遠くのほうに何かが見えてきました。

 巨大な空洞です。

 真っ暗な大地にぽっかりと空いた、巨大な空洞が見えてきました。

 人々の列はそこに向かって入っていきます。

 巨大な空洞に比べて人々は豆粒のようでした。

 空洞の側面に沿うようにして人々の列が進んでいくのが見え、ボクは勝手にそこには階段があるんだと考えました。

 大きな螺旋を描く階段なのでしょう。

 気がつけば、ボクはその階段に足をかけていました。

 下へ、下へ。

 空洞の底をのぞき込んでも、深さのせいか暗闇が見えるばかりで何一つわかりません。

 ついには何も見えなくなりました。

 前を歩いている人はまだいるのか、ボクの隣には本当に何もないのか、まだ巨大な空洞の底に辿り着かないのか、その後は無事に戻れるのだろうか……といった不安、まるで未来になにも希望が持てないような……先の見えないことへの恐怖がボクを支配していきます。

 それでもボクは歩みを止めません。

 誰かが下で呼んでいるような気がするのです。

 おいで……おいで……。

 すると、何も見えない暗闇の底から何かがあがってきました。

 声です。

 大勢の人の声が下から吹き荒ぶ風のごとく聞こえてくるのです。

 それは死んでいく者たちが最後に発した、泣き声だとボクにはわかりました。

 いえ、わかったというより、知らない誰かがボクにそう語りかけてきたのです。

 そして。

 いずれボクもそうなるのだとそれは言いました。

 それからその人ではない何か――は、こうも言いました。

 

「我は……魔によって生まれし獣……。人の子よ……夢で終わらせたくば記すのだ……。目覚めて眠るまでのあいだに……この記憶を残せ……。そして……心が醜い者に読ませよ……。代わりにその者が……我が餌食となろう……」

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アビスという名の魔獣 真榊明星 @masakaki4153

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