クレヨン

「ってことがあったんだよー」


「本当にあなたってば甘いんだから」

そういって妻は笑った。


今日は妻のリフレッシュデーだった。それで俺と娘は留守番をしていた、というわけだ。

娘を寝かしつけてから、二人の時間に今日あったことを報告していた。


「ほら、見てよ!」


そういって今日の作品を見せる。丸い頭に楕円形の体、そこから四本の棒が生えており、うち二本の先にはクリームパンのようなものがついている。

まごうことなき俺である。


そしてその上にはこれまた丸い頭に丸い体。こちらは娘だろう。


その青と灰色の人間を満足そうに眺める俺に


「それにしても、今日誰か家に呼んだの?」

と妻が不思議そうな顔で聞いてきた。


「どういうこと?」


「だって、あなたに乗っている子、今日いたんじゃないの?」


「何言ってるの、これはおうまさんごっこをしている自分たちを描いたんでしょ?」


「だけどあの子、私たち家族はいつも決まった色で描くじゃない?あなたは青、私はオレンジ、自分のことは赤色で」

確かにいつもと違ってこの絵からは少し寂しい印象を受けた。それはおそらくいつもと違う色使いだったからだろう。


「でも、赤い色はあの子のお気に入りだし、なくなっちゃったんじゃない?」


「そんなことないと思うけど……。だってこの間赤いクレヨンだけ買い足していれておいたんだから。失くしたとも思えないし」


「じゃあ、どういうこと……?」


「うーん……わからないけど……一応、今後ストレスとかには気を付けてみる……」


「そうだね……」

娘の気持ちが不安定になっているなら親である自分たちが気づいてあげなければ。

お互い気づいたことがあればまた話し合う、ということで今日はお開きとなった。





風呂に入ってぼんやりしていると、なんとなく自分が子供のころを思い出す。俺がいつも使っていたクレヨン。使いどころがあまりなかった灰色はいつも長いままだった。


「あ」

そこで新たな違和感に気づく。あの絵で俺の背中に乗っていたあの子供、いや「何か」は頭と体のみで構成されていた。


娘は人を描くときはほぼ必ず頭、体、そして四本の棒で腕と足を描くのだ。


風呂場にちゃぽん……と水音が響いた。




娘は俺の背中に何を見たのだろう。

「何か」はまだいるんだろうか……。俺の背中に……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おえかき 藤間伊織 @idks

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説