祖父がくれた魔法の言葉

華ノ月

第1話祖父がくれた魔法の言葉



〜プロローグ〜

 人は生きている限り、いろいろな出来事がある。嬉しいことがあれば嫌なこともあるし、楽しいこともあれば辛いこともある。生きるためには仕事も必要だし、仕事をしていく上で多かれ少なかれ人間関係も出てくる。その中にはいい人もいれば悪い人もいるし、合う人もいれば合わない人もいる。社会で生きていく上で人間関係は発生してくる。会社だと、自分と合わない人でも合わせなきゃいけないこともあるし、嫌な人がいても顔に出すわけにいかない時もある。でも、生きていることが嫌なことばかりじゃない。すごく楽しかったり幸せなときもある。結局、良いことも悪いことも沢山あるから人生に潤いが出たり、乗り越えなきゃいけない壁があったりするわけだから、見方を変えたら、人生ってある意味ジェットコースターみたいで面白いとも感じる。「生きる」ってこんな楽しいんだな〜って感じるようになった。

 でも、そう感じるようになったのは数年前くらいからだ。それまで私の心は硬い石のように何も感じなくなって、心を強く閉ざしていた。たまに祖父のところに遊びに行くことがささやかな楽しみだった。

 このお話は、そんな大好きな祖父との一番の思い出のお話ーーーーーー。




〜メモリーストーリー〜


 その日も私は憂鬱な時間を弄んでいた。特に何かをするわけでもなく、カーテンを閉め切った薄暗い部屋で何度も繰り返し見ているビデオをボーっと眺めていた。そこへ母が部屋をノックした。

「おじいちゃんのところに行くけど、美雨(みう)も行く?」

 私はちょっと考えを巡らせたが、

「………行く」

と言って、真っ黒の部屋着から、これまた真っ黒のドレスのようなワンピースに着替えて、部屋を出た。まるで、誰かの葬式に行くような格好だが、その頃はいろいろなことを拒絶していたので、人を遠ざける意味も含めて、真っ黒のドレスのような服を身に纏っていた。母は、最初の頃は戸惑っていたが今は何も言わなくなった。

 準備が出来て、祖父のところに遊びに行くと、まずは祖母が顔を出した。

「よう来たな〜。さっ、上がって上がって」

 祖母はいつものように、私と母をリビングに通して、最近の近況や昔話を母としていた。私は祖父に会いにすぐに祖父の部屋に行きたかったが、グッとこらえた。なぜなら、この時間は祖父は育てている盆栽の手入れをしている時間だからだ。手入れをしている最中に声を掛けてびっくりしてしまい、怪我をしてしまうかもしれないと考えて、終わっていつものリラックスチェアに座るまでは大人しく待つようにしている。

 しばらくすると、ガラス戸の音が聞こえて、ギシッというリラックスチェアに座った音が聞こえた。私は待ってましたと言わんばかりに母と祖母に「おじいちゃんのところに行ってくる」と言って、席を外した。

 祖父の部屋に行き、ノックをして扉を開けた。

「こんにちは!おじいちゃん!元気してる?」 

 私が、笑顔で挨拶すると祖父は、

「おぉ、美雨さんか。わしは元気じゃぞぉ。美雨さんも元気そうじゃな」

 祖父はそう言うと、いつものように昔のいろんな話を聞かせてくれた。私は祖父の話を聞くのが大好きだった。そんな風に話を聞いている途中で、祖父が、私を縁側に誘ってくれた。

 縁側で、祖父と並んで座った。そこへ、祖母がお茶を運んできてくれた。そこは庭が見渡せる場所で、祖父の育てている盆栽も見れた。そして、一本の桜の木が植えてあった。桜は時期じゃないため、花は咲いていなかった。私は桜の木を見て、ふと感じたことを言葉にした。

「なんで、桜の花はせっかく咲いてもすぐに散っちゃうのかな?なんか、ちょっと寂しい気がする………」

 私がそう言うと、祖父は柔らかく笑った。

「わしはパッと咲いてパッと散るからこそ桜だと思っておる。潔く咲いて潔く散る。だからこそ、わしは桜が花の中では一番好きじゃな。ほれ、警察の紋章は桜の花じゃろ?これはわしの考えじゃが、警察が紋章に桜の花を使っているのは、潔く、という意味もあるんじゃないかと思っておる」

 私は祖父の話をなるほどと思いながら聞いていた。私が感心していると、祖父は更に続けた。

「美雨さん、生きていればいろいろある。わしも長年生きてきていろいろなことがあった。辛いことがあっても精一杯頑張ってきた。生きていれば、逃げ出したくなるときもある。でも、わしは逃げずに立ち向かってきた。仕事で上手くいかないこともあったし、家族と諍いになったこともあった。じゃが、わしはどんなときも目を背けずに向き合ってきた。今はただの老いぼれじゃが、老いぼれなりに精一杯頑張って生きておるよ。美雨さん、知っておるか?当たり前のことが幸せなんじゃよ。幸せは見渡せばすぐ手の届くところに沢山転がっておる。ささやかなことが一番の幸せなんじゃよ」

 私は祖父の言葉が分からなかった。私はいろいろあって………ありすぎて耐えれなくなり、心を閉ざした。でも、死ぬ勇気がなくて死ねずにただただズルズルと過ごしてきた。私は大好きな祖父に私の苦しみを理解してくれないんだと感じ、その場にいるのが辛くなってきて、私はその日はもう帰ることにした。

 家に帰って、私は部屋のベッドの上でぼんやりと考えていた。

『………幸せって何?私が生きてきた中で幸せなんて一つもなかった。生きていくことが苦痛でしかないよ………。私には幸せになる権利なんてないんだ。だって、私は全てを放棄して、生きることをやめたんだから………』

 私はそう思うことで、祖父の言葉を無かったことにしようとした。

 

 それから、数日はまた生きているだけの生活が続いた。そんなある日、私がリビングに行くと母が誰かと電話していた。

「………それで、様子はどうなの?………うん………うん………え?今日も行ってたの?………うん、また近い内に様子を見に行くわね………」

 母はそう言って、電話を終わった。私は誰のことだろうと思い、母に聞いた。

「だれか、調子よくないの?」

 私が突然声をかけたせいか、母はびっくりして振り返った。

「あ?あぁ………今の電話のこと?おばあちゃんからで、おじいちゃんがあまり調子良くないって電話があったのよ」

 私は母の話し方から予想はしていたので、「そうなんだ………」と言って、部屋に戻ろうとした。その時、ふと疑問に思ったことを母に聞いた。

「おじいちゃん、調子良くないのに、どこかに出掛けてたの?」

 母は答えようかどうか迷った表情をしていた。しばらく考えて母が口を開いた。

「美雨、少し話できる?」

 私はなんだろう?と思い、首を縦に振った。母は私をソファーに座らせ、話しだした………。

「………実はね、おじいちゃん、毎日のように美雨とよく遊んだ小高い丘がある公園に行って、空に向かってお祈りしているの。美雨が良くなりますようにって………。年齢もあるから体調がすぐれないこともよくあるんだけど、そのお祈りに行くことだけは欠かさずに行っているのよ。おばあちゃんに言ってたそうよ、いつかまた光を見て欲しいって………。あの子ならいつかまた前に進めるはずだからって………。だから、お母さんにも今は静かに見守ってあげなさいって言ってたわ………」

 私は話を聞いていて、知らず知らずの内に涙を流していた。祖父が私を想って、そんなことをしてるなんて知らなかった。

「………お母さん、今からおじいちゃんに会いに行ける?」

 私は母にそうお願いした。母は「いいわよ」と言ってくれて、私は母と一緒に行くことにした。突然の来訪に祖母は驚いていたが、母がざっくりと説明すると、祖母は私に言った。

「今は少し落ち着いて縁側にいるから、行っといで」

 私は祖母にお礼を言って、縁側に行った。縁側に祖父は座っていた。私は後ろから恐る恐る声をかけた。 

「お………おじいちゃん………」

 私がそう声をかけると、祖父は私にゆっくりと向き、手招きをした。私は祖父の隣に腰を下ろした。 

「おじいちゃん、身体………大丈夫?」

 私がそう聞くと、祖父は柔らかな笑顔で答えた。

「もうわしも年じゃからなぁ………。身体がゆうことを聞いてくれんこともあるわ。でも、わしはまだまだくたばりはせんぞぉ」

 私は祖父が少しづつやつれていっていることは感じていた。その身体で毎日、私が良くなるように祈ってくれてたと思うと、申し訳ない思いと感謝の思いでまた涙が溢れてきた。

「………お母さんから聞いたよ。おじいちゃんが毎日、あの丘で私が良くなるように祈ってるって。私………そんなこと全然知らなかった。ごめんね、おじいちゃん………」

 私がそこまで言うと、祖父は持っていたハンカチで、私の涙を拭ってくれた。

「美雨さん、こういうときはごめんなさいじゃない。ありがとう、じゃよ」

「………そうだね………ありがとう、おじいちゃん」

 私は、祖父の行動や言葉に感謝した。祖父は私のために、ずっと祈ってくれてた。感謝してもしきれないくらいだ。私は今の私を恥じた。祖父の祈りを叶えるためには、私が行動しなきゃいけない。大好きな祖父のためにも、私自身のためにも………。

「………美雨さん、この前の桜の話は覚えておるか?」

「おじいちゃんが言ってた、潔く咲いて潔く散るって話?」

 祖父は頷くと、空を見上げて力強く言った。


「潔く生きなさい。そして、散るときは潔く散りなさい」


 

〜エピローグ〜

 これが、私が祖父と過ごした中での一番の思い出だ。あれから数日後、祖父は亡くなった。朝、祖母が起こしに行ったら眠るように亡くなっていたらしい。安心したような安らかな顔だったみたいだ。私はあの後、ちゃんと自分と向き合い、前に進むことを決意した。その間、何度も心が折れそうになったが、そのたびに「潔く生きる」と、自分に言い聞かせて奮い立たせてきた。勿論、簡単なことではない。みっともないと思うかもしれないけど、何度でも立ち上がるんだって決めて、「生きる」ことを諦めずに必死に喰らいついてみた。そうやって、何度も壁にぶつかって必死で乗り越えることを繰り返していく内に、私はどんどん良くなっていった。今となっては「次はどうな壁だろう?」とちょっとワクワクしているくらいだ。今なら祖父の言っていたことが分かる。当たり前のことやささやかなことが一番幸せなんだということが………。小さな幸せが沢山積み重なって大きな幸せになる。理解してくれる家族がいること、その他の当たり前の日常、仲のいい友達や恋人………。ささやかなことだけど、当たり前のことが、こんなにも愛おしいと感じる。

 そして、私は亡くなった祖父に向けて詩を作り、その詩に歌をつけた。私は出来上がった歌を祖父に届けるために、祖父が祈りをしていた丘に行った。 

 丘に着いて、私は呟いた。

「おじいちゃん、歌作ったから聴いてくれる?」

 私は呼吸を整えて、歌を空に向けて歌った………。



 桜


 春になるといろんな花が咲いてくる

 私は桜のように生きたい


 潔く生き 潔く散る


 生きることの意味

 あなたが教えてくれた


 桜が咲くと思い出す

 あなたと過ごした日を……… 


 あなたが教えてくれた桜を見る

 あなたの面影が浮かんでくる


 空から見ている桜はどんな感じですか?

 一緒に見たときのように

 優しい色をしていますか?


 また 生まれ変わったら

 桜を見ながら過ごしましょう


 また 逢える日が来るのを

 桜に祈りながら


 安らかにお眠りください………



                (完)

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