3.3 凍てつきの……

 まだ住民に眠気が漂う早朝。

 静けさが街を包み、白光が都市を照らしたばかりの日の始まり。

 そこに矛盾した風景が駆け抜ける。

 それが通過した時、観葉植物は揺れ、石畳が音を鳴らす。

 彼はそれを力強く踏みしめて、右へ左へと駆けまわる。

「ハア———、ハアッ—————」

 もう自分が都市のどこにいるのかはわからない。

 そんなことを気にしている場合ではなかったのだ。

 彼はただただ前へ、背後からぴったりと付いてくる足音から逃げていた。

 ここまで全速力だったが、まるで距離が離れない。

 皮肉にも逃げ足には自信があったが、どうやらあちらの方が一枚上手だったようだ。

 追手から逃げていたヒューズは、目前の角を曲がる。

 そこで一度振り返り、道の端へと手を伸ばした。

 彼は曲がって最初に飛び込んできた景色に、これは使えると考えた。

 ヒューズは掴んだそれを全力でなぎ倒す。

 そこには高く積まれた木箱があった。

 掴んだ時に感じたが、幸運なことにかなりの重量があった。

 これならば少なくとも足止めにはなる。

 次の瞬間、その場で雪崩が起きる。

 急ぎ飛び退いたヒューズの目前では、見上げるほどに積まれた木箱たちがあった。

 それを確認した直後に、逃走を再開する。

 これが破られるまでの数十分間でなんとか宿まで辿りつかなければ。

 更に角を曲がって元来た方角に戻ろうとする。

 とにもかくにもまずは大通りに出て、場所を把握しよう。

 そう順序立てたヒューズだったが、その予定は早くも崩れる。

 背後から聞こえた破砕音で、それはもう不可能であると理解した。

 彼が見た物は、先ほど倒壊させた木箱。だがその姿はもう違っていた。

 その木箱は吹き飛ばされ、壁にぶつかり粉砕されていた。

「クソッ!バカ力がッ!」

 足止めがなんの効果もなかったことに苦言を吐いて、がむしゃらに前へと逃げるヒューズ。

 背中からの重圧感に焦りを駆り立てられながら逃げ惑う。

 どんなに走ろうともその威圧感は消えない。

 もうすでに嫌気を憶えたヒューズは必死に走った。

 しかし、それは消えない。むしろどんどん肥大化していっている。

 迫る音に気が狂いそうになりながらも、それにとうとう終わりがきた。

 数度の曲がりを経て、それ以上先がないことを理解した。

 ヒューズは行き止まりにより立ち止まってしまった。

 左右を見まわし、往生している内にも足音は近づいてくる。

 その音がゆっくりなのは、ここの土地勘に詳しく追い詰めたことを理解しているからか。

 忍び寄る音に背筋を凍らせる。

 頬を伝う汗が、熱を灯った体には冷たく感じた。

 恐る恐る振り返ると、彼女はちょうど現れた。

 鋭き視線は此方を射抜き、その立ち振る舞いに油断は見られない。

 絶凍の間がこちらに近づくたびに心臓の鼓動が跳ね上がる。

 思わず目を逸らしてしまったが、これは下策だと気づく。

 一呼吸置いた後に両手を上げて降参の意図を伝えた。

 それを受けても彼女の歩行が弱まることはない。

 ヒューズの目の前まで迫った彼女は、その手に持つ木剣を彼に突き付ける。

 のど元に突きつけられたそれに生唾を飲み込む。

 それは決して殺傷性のない道具だ。だが彼女が持つことによって目に見えぬ刃が刃先にあるようだった。

 木剣にたじろぎながらもその顔を見つめ返す。

 その瞳は此方に警戒の色を見せている。そうして言葉は発せられた。

「貴様、あそこで何をしていた?」

 凍てつかせるその言葉にヒューズは思考を回した。

(さて、どうしたものか……)

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