3.2 導きの音、心地よく、鋭く、棘のようで
革命派の大男バングは、ヒューズを隠れ家の出口まで案内した。
出口でバングと別れたヒューズは、白い朝日に目を細めながら外に出た。
意識を失ってから、夜を明かしたことを理解したヒューズは、急ぎ宿への帰還を始める。
同じ任務に就く衛士が消息を絶っては、彼女も不安に思うだろう。
ちなみにここでの不安は彼女自身の今後の身の振り方であって、決してヒューズを心配しての事ではないだろう。
彼女に味方の衛士が見つかって警備体制が強化されるのではという疑念を残させるわけにはいかない。
だが戻る道中、ふと歩調が緩まる。
いっそのことこのまま彼女には不確定要素を残させたままにいさせて、自分は革命派と共に行動をしてしまおうかと考えた。
ぶっちゃけるとヒューズは革命派よりも彼女の方が不気味なのだ。
加えてあの時もなんだか唆されたみたいで癪に障ったのでそうしようかと歩を止めたが、そこでその考えを取り払うべく頭を振る。
公私混同はいけない。
個人的なことならばともかく、今回は都市の情勢が関わった任務だ。
何より彼女にはまだ聞くことがある。
せめてこの任務が終わるまでは協力しなければ。
そうして歩みを再開させようとしたヒューズは、その音に気付く。
疑問から耳を澄ませたヒューズ。
その音は一定のリズムではなく不規則に聞こえてくる。
軽く、甲高く、それでいて鋭い。
その音にヒューズは押し黙った。
数刻の推考の後に進行方向を変えたヒューズはその音を辿る。
その音はまるでヒューズ自身を誘っているように、徐々にその音を大きくする。
路地から大通りへ、そしてまた路地へ。
音に導かれたヒューズはようやくそこに辿り着いた。
角から顔を覗かせる。そこには二人の人間がいた。
ここで音の正体が判明する。もしかしてと予測していたが、あの音は衝突音だったのだ。
その二人の人間はお互いの持つ物をぶつける。
その時に、その広間に鋭い音が響き渡った。
静寂な空間だったためか、一撃目の音はとても美しく聞こえた。
だがヒューズは、二激目の音に不快感を覚えた。
ヒューズが顔を覗かせた広間では、二人の人間が木剣で剣の修練を行っていたのだ。
片や中年の男、その様が研ぎ澄まされ、動きには無駄が感じられない。
その動きを見たヒューズははみ出させていた頭を少し引いた。
その流麗さに、あの人物がこの都市の兵士ではないかと考えたからだ。
もう一人に目を向ける。こちらはまだ幼さの残る少女だった。
最初は親が娘に剣を教えているのかと安堵したが、次の瞬間それが間違いであったことに気付く。
ヒューズはその事実に目を剥いた。
なんと少女の剣戟が中年の男を吹き飛ばしたからだ。
「……」
その現実に言葉を失ったヒューズ。
中年の男とは正反対な動きを見せる少女、凛々しい見た目から繰り出される荒々しい剣筋。
相反するそれらを共に所有しながらも、それがあたかも完成体と言わんばかりに躍動する少女。
だが驚くべきことはそれだけではない。
その凄まじい力に対応する中年の男の技術も凄まじいものだ。
男はその規格外な力をいなし、躱し、流していた。絡め手も交えて拮抗すらしていた。
「……」
その様をしばし無言で見つめるヒューズ。
彼はその光景から目を離せずにいた。
そこから数度の打ち合いを終えて、両者が距離を開く。
するとお互いの武器を降ろして歩み寄った。
見るに修練は終わりのようだ。彼らは帰宅の準備を始めた。
二人はともにその場を去るかと思ったが、少女が足を止めた、
その様子を疑問に思ったのか、中年の男が何やら声をかけたが少女は首を左右に振る。
ヒューズがいる場所からでは全く聞こえない。
数秒で会話を終えた二人、中年の男はそのままその場を去った。
だが少女は残ったままだった。
一体何を?と思ったが少女は何もしない。ただ立ち尽くしている。
その行動を謎に思ったものの、ヒューズも宿に戻ろうと振り返った時だった。
「おい!そこで隠れてるお前!」
その言葉に心臓が跳ね上がる。
その場で固まったヒューズに追撃で姿を晒すように叫ぶ少女。
ヒューズがどうするべきか迷っている間に、状況は進む。
いつまでも姿を見せないヒューズに、痺れを切らせた少女が行動を起こす。
直後、ヒューズの鼓膜を、駆ける音が揺らす。
「まずい……」
ヒューズは慌てて広間とは逆方向に駆けだした。
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