第46話 傍にいてくれるんですよね?②

「やれやれ、ようやく帰れるな……」


「ふふ、お疲れ様でした。あのマスターに褒められるなんて、やっぱりラクーンは凄いです」


 『レギーナ城』の城内を歩きながら、俺とリリーは帰路についていた。

 本当は訓練場から場外へは直接歩いて行けるのだが、リリーが〝少しチャットの顔を見ていきませんか?〟と言うので、わざわざ城の中へ戻ってきている。


「正直、複雑な気分ではある。あれでは俺が〝優秀な暗殺者アサシン〟と認められているようなモノだ」


「それはそうかもしれませんが……でもラクーンは、もう人殺しはしないって誓ってくれたじゃありませんか」


 リリーは俺の隣を歩き、嬉しそうに笑顔を向けてくれる。


「ちょっと安心しちゃいました。ラクーンから、直接そういう言葉を聞けて……」


「当たり前だろう。俺はリリーが悲しむことはしない。ああ、だがもしリリーが殺してほしいヤツがいるなら話は別だが――」


「い、いませんそんな人! ホントにもう!」


 笑っていたかと思いきや、今度はそっぽを向いてプンプン怒り出すリリー。

 こういう感情豊かな彼女の一面は、とても愛らしい。

 しかし――そんな怒った表情も、すぐに消えてしまう。彼女は顔を背けたまま、


「……ラクーン、あなたは私の傍にいてくれるんですね……? ずっと隣にいてくれるんですよね……? 突然……私の前からいなくなったりしませんよね……?」


「? もう何度もそう言ってる。心配するな、俺はリリーと共に在る」


 どこか陰のある言い回しだった気がするが、気のせいだろうか?

 まあ魔族との戦いは熾烈を極めるだろうから、不安になったのかもしれない。

 だが心配は無用だ、もし危険な状態になったら、最悪俺はリリーだけ連れて逃げるからな。

 そんな俺の言葉を聞いたリリーは、


「そう……ですか。ありがとうございます、でしたら私もラクーンと共に歩みます。おかしなことを聞いてごめんなさい」


 少し悲し気ではあるが、再び笑顔を見せてくれる。

 ……もしや、彼女は過去になにかあったのだろうか?

 気にはなるが、下手に深掘りして彼女を傷つけたくない。

 今は聞くのは止そう。


 しかし、もし過去に彼女を悲しませたなにがしかがいたのなら、そいつは許せん。

 時が来たらリリーから人物を聞き出し、半殺しにして川に沈めよう。

 いや、それすら生温い。

 絶対に死なない拷問方法でも試してみるか。


「いや、気にするな。ところでリリー、抜歯と水攻めならどっちの拷問が見たい?」


「どちらも見たくありませんよ!? 一体なんのお話ですか!?」


 鋭いツッコミだ。

 どうやら元気を取り戻してくれたらしい。

 結果オーライだな。


「まったく、もう……。それより、今日こそ私の宿舎で料理をご馳走しますよ。なにが食べた――」


「…………ああ~、お2人とも~訓練は終わられましたか~?」


 リリーが言いかけた時、背後から声が聞こえた。

 この語尾が伸びる独特な喋り声は――コリンだ。


「! ええ、コリンさん。ついさっき終わりまし――た――……?」


 リリーと俺は何気なく振り向くが――すぐに言葉を失った。

 俺たちの目に映ったモノ――それは尋常ではないほどに負のオーラを噴出させる、悪魔のようなコリン・ポンティプールの姿だった。

 ちなみに頭の上には金色のモフモフを乗せている。


「コ……コリンさん……? どうされたんですか……?」


「いえ~ちょっとですね~お2人と『監督官チーフ』に文句の1つでも言わないと~腹の虫が収まらなくて気が狂いそうだったので~こうして探しにきてやったのですよ~……」


「き、ききききゅ~ん……」


 相変わらず無表情のままどす黒いオーラをまとい、彼女は1歩1歩俺たちに歩み寄ってくる。

 金色のモフモフは頭の上でガチガチと恐怖に怯え、毛を逆立てている。たぶん力づくで連れてこられたんだろうな……


「なにやらですね~……昼間に市場の近くで~廃家が丸ごと吹っ飛ぶ事件があったらしくてですね~……どうやら付近で~【神器使い】が訓練していたらしくてですね~……周囲の家の窓ガラスが割れたりとか~お年寄りがショックで倒れたりとか~……そりゃもう目ん玉ひっくり返る数の〝苦情クレーム〟が~『ラオグラフィア』の『神器戦略人事局ブローパーズ』に上げられてきてるのですよ~……その対応に追われて~ウチは下手すりゃ徹夜ですよ~……。エンペラーがなにを言いてぇのか~伝わりやがりますか~……?」


 うむ、よく伝わるぞ。

 これは相当に怒ってる。

 怒髪天を衝くってレベルじゃない。

 魔族だって裸足で逃げ出すだろう。

 俺とリリーは震え上がり、ガタガタと肩を寄せ合う。


「おかしなことに~〝お祭りみたいで良かった〟とか~〝いいぞもっとやれ〟みたいな声も~苦情クレームと同じくらい大量にもらいましたが~付き合い切れないのでシカトしますね~。とりあえず~この場で正座してもらえますか~? エンペラーによるありがたいお説教を~始めますね~……」


「「は……はい……」」


 俺たちは飼い主に叱られる子犬のように、廊下の真ん中で正座する。

 その後は、結局夜まで訓練をやるのと変わらないくらいまでエンペラーコリンの説教を聞くことになった。


 ……どうやら、リリーの手料理を食べられるのはもう少し後になりそうだ。


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