第45話 傍にいてくれるんですよね?①

――聖歴1547年/第2の月・下旬レイト

―――時刻・夕

――――レギウス王国/レギーナ城/ラオグラフィア・訓練場

――――――ダークナイフ使いの勇者『ラクーン』


 王都サントゥアリオを駆け回った模擬戦闘訓練は終わり、俺たちは最初に集まった訓練場に戻ってきていた。

 時刻は夕に差し掛かり、燦々と輝いていた太陽が紅く染まる。

 そんな夕焼けに照らされる俺たちの姿は、お世辞にも立派とは言えない。

 リリーを除いた全員が煤汚れていたり痣を作っていたり焦げていたり、ボロボロとなっている。

 訓練だったはずなのに、皆実戦でも終えてきたのかと思わせる小汚さだ。


「うむ、良い模擬訓練だったな! 各々の実力が見れて、私は大変満足だ! ハッハッハ!」


 『監督官チーフ』であるヴァレンタも煤汚れて髪を焦がし、豪快に笑い飛ばす。

 対する俺たちはもう笑う気も起きないのに、ここら辺が戦闘狂と呼ばれる所以なのだろう。

 俺には理解できない。早く帰ってリリーと飯でも食べたい。


「わかってもらえただろうが、お前たちの実力はまだまだだ。魔族は人間よりも強く、さらに高等魔族の中にはランク〈A〉の【神器使い】をも容易く屠る者すらいる。そんなヤツを相手に、お前たちは勝って生き残らねばならない。訓練の重要性がわかってもらえただろう。なあ、【バスタードソード使いの勇者】よ?」


 ヴァレンタはクリードと視線を合わせ、そう尋ねる。

 クリードは「ケッ」とふてくされた様子で目を逸らすが、その反応は肯定という意味なのだろう。


「結局、私に一太刀入れて見せたのはラクーン――とリリーだけだったな。2人とも、ちょっと前へ出なさい」


 チョイチョイと手招きするヴァレンタ。

 俺とリリーは一瞬顔を見合わせた後、数歩前へ出た。


「大したものだ、お前たちは。特にラクーンよ、お前の戦術は見事だったぞ」


「はあ、それはどうも」


「褒めてるのだ。もう少し嬉しそうにしろ。しかし……まさかランク〈A〉の【神器】を持つ私が、ランク〈E〉のお前にしてやられるとはな」


 なんだ、俺の神器ダークナイフのランクまで知っていたのか。

 それであの程度しか手を抜かなかったとは、この女も大概書面に興味がないらしい。


 そんなヴァレンタの発言を聞いたクリードら5人の【神器使い】たちが、ザワッとどよめく。


「ランク〈E〉だと……!? 完全な格下じゃねえか! 一体どんなイカサマ使いやがった!?」


「信じられんな……ランク〈B〉である私の神器ランスが、手も足も出なかったのに……」


 特にクリードとアイリスタの驚きは凄かったらしく、酷くショックを受けた様子である。

そんなに【神器じんき】のランクが気になるだろうか?

 適当なナイフ1本あれば人だって殺せるのに、ランクなどというよくわからない基準になんの意味があるのだろう。

 不思議だ。

 ヴァレンタは言葉を続け、


「個の強さだけが絶対的な勝利を得られるとは限らない……。【神器】という神々の力を得ても決して自惚れず、そして己の知恵と機略を信じる。言葉にするのは簡単でも、それを体現し続けるのは簡単ではない。いやはや、私も修行し直すべきかもしれんな」


「そうか? アンタは十分強いと思うが」


「フフ、慰めとして受け取っておこう。……ところで、気を悪くせずに聞いてほしいのだが」


 珍しくヴァレンタは前置きすると――


「……ラクーンよ、お前は〝暗殺者アサシン〟だな? それも1人2人では到底収まらない、幾重もの死体を積み上げてきた正真正銘の人殺し――そうだろう?」


 ――ほとんど確信を持った様子で、彼女は聞いてくる。

 同時に皆の俺を見る目が僅かに変わり、リリーも心配そうにこちらを見る。


 俺は一瞬警戒するが――すぐに詰まった息を抜いた。

 どうせ遅かれ早かれ知られていただろうし、彼女に隠し事しても無意味だと悟ったからだ。


「……報告書にそう書いてあったのか? 俺が暗殺者アサシンだったらなんだ、教会裁判にでもかけようってのか」


「スマンスマン、勘違いしないでくれ。さっきも言ったろ? 今の時代には、お前みたいなのが必要だと。それに、報告書なんてそこまで詳しく読んでない」


 おい、それでいいのか『監督官チーフ』。

 神器ダークナイフのランクまで知ってるんなら、せめて教え子の情報くらいまで把握して胸にしまっておいてほしいものだ。

 ヴァレンタはまるで世間話でもするかのように緩い表情で、


「私はお前を区別するが、決して差別せん。お前が過去にどれほどの大罪を犯していようと、神々はお前を【勇者】として選んだ。ならば私などが口を出してはなるまい。だがな……1つだけ聞かせてくれ。仮に〈第3次終末戦争サード・ラグナロク〉を生き残れたとして――お前は、暗殺者アサシンを続けるか?」


「続けるワケないだろう。第一俺は元暗殺者アサシンで、今は暗殺者ギルドから追放された身だ。もう人殺しで喰っていく道理はない」


「そうか、ならいいんだ。私は人を守り、人のために魔族を滅ぼすことを使命としているからな。返答次第では、戦後に殺さなきゃならんかと思ったのだ」


 ……冗談、だと思いたい。

 いや、彼女が言うと冗談に聞こえないから恐ろしいのだが。

 どっちにしても改心しておいてよかった。

 ただでさえ暗殺者ギルドから追われる身なのに、この戦闘狂からも狙われるなど、考えるだけで背筋が凍る。


「……俺はもう、人を殺すのも血を見るのもウンザリだ。リリーが傍にいてくれる限り、誓って人殺しはしない」


「うむうむ、まあシスターがお前と共にいるというのは、お前が大丈夫なヤツだという証拠なんだろうな。変な詮索をして悪かったよ」


 そう言われて、リリーの頬が少しだけ赤くなる。

 たしかに、リリーは他者の心がわかるらしい。

 俺は彼女についてきてここまで来たようなモノだから、リリーが大丈夫と言えば大丈夫、という理屈はわかる。


「さて――では、私からの話は以上だ。ラクーンとシスター・リリーは上がってよし。シスターは、今度個人的に時間を設けよう。流石にもう少し力を付けてほしいからな」


「は、はい! ありがとうございます!」


「よぉし、他の5人は夜まで特訓! 存分に扱いてやる! 安心しろ、代わりに晩飯はたらふく奢ってやるぞ!」


 えぇ~……という悲痛な叫びがクリードたちから漏れる。

 気の毒だとは思いながら、俺とリリーは訓練場を後にした。

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